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Dolce
*** hana
火種を預かる
「ばあば、宝石類は、うちが預かっているから。ここに置いたらトラブルになったら困るから。」


高齢者施設で、貴重品を持ち込んで、どこに置いたか忘れて、職員に疑惑の目を向けてトラブルになったり、そんな困ったことが結構あると言う。
母は絶対に納得しないと思ったが、こう言ったそうだ。


『わかった。それでいい。』
『必要な時はすぐに持ってくるから。』
『わかった。』






古いデザインのクラシックなジュエリー。

持っていても、宝石箱に終われたまま。ずっと。何十年も。


買っただけで良かったのだろう。
それで気が済む宝石。死んだ財産だ。

相応しくないものは買わない事だ。心に、そぐわない物は必要のない物だ。あの人の魂はこれらには宿ってはいない。執着がないということは、そういうことだ。








今は、孤独の寂しさと、将来の不安でそれどころではないのだろう。


母は父からの婚約指輪と結婚指輪は、不用品として処分したそうだ。
ギョッとする。
思い出よりも、財産価値…。







『dolceは元気?何かあったら、dolceに電話すれば良い?』

『調子は悪いよ。あまり元気ではない。…。夏は暑くて心臓がダメだから乗馬も行けてなかったし。だいたい家でピアノ弾いてる。庭に出たり、そのくらいかな。本人には大変だったみたいだよ。あの、じいじが亡くなった一連の出来事が。コロナもあって、ずっと息子と家にいる。』

『あの人は、いやに繊細だからね…。じゃ、用事があったらダダの携帯に電話すれば良い?dolceの家に連絡しちゃダメ?』

『そうだね、僕の携帯に連絡してね!』

『わかった…。』






資産管理など、いつ爆発するか分からない火種を抱えているようなもの…。

トラブルの元だ。



「あの人は、いやに繊細だから…。」と言った母。ふざけるな。あの一連の出来事が、反芻されて、私は疲れてしまったのだよ。お金ってなんだろう。ひとの死ってどんなものなんだろう。そしてあの修羅場。ダダでさえ、思い出すと嫌だという。





お金は怖い。
この世で一番怖いもの。




特に、自分の力で稼いでいないひとは、気をつけて。(私も含めて。)

お金は、天下の回りものなんです。相応しくないひとのところには絶対に来ません。見えない力が働いて、お金は動いていきます。


千昌夫とか、小室哲哉とか、芸能人でも、一時隆盛を極めたひとも、そんな例は死ぬほどある。
ルパン三世の漫画みたいに、クルマのトランクが開いてそこから、お金がどんどん風で飛んで行く。私には、そんな風に感じる。






「ああ~っ」て手を伸ばしても、さようなら~って、お金が飛んでいくのだ。





法律も、遺言も、なにも糞食らえで、お金は自分に意思があるかの如く自分で移動する。
本当です。



タライの水をこちらに掻き込むと水は皆向こうへ逃げていきます。逆に向こうへ押し出せば…、水はこちらにやってくるのです。







全て自分の「生き様」次第。

心と頭を豊かにしなければ、豊かな老後は来ません。相応しくないエメラルドを買うよりも、良い音楽を聴いて、良い本を読んで、美術館に行きましょう。いっぱい旅をしましょう。行ったことのないところへ行ってみましょう。

何も音楽はクラシックでなくたって良いのだし、旅は、おにぎり持って知らない道を歩いたら素敵な旅です。犬がいたら最高。本だってなんでも良いではないでしょうか?漫画だって素晴らしいのがいっぱいあります。






老後には、集めたものじゃなくて、ひとにあげた物がその人を豊かにしてくれるんです。今回、よくわかりました。
私は、勉強させられているのでしょう。
きっとそうです。

しばらく引きこもっています。
愚痴&インテリアブログです。無理はしないと決めているので、どうか、どうかお目こぼしを…。



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[2020/09/29 11:58] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
強烈パワハラおやじ
弟は、常に不機嫌である。毒母が施設に入るために色々連絡を取らねばならないのだが、もう、私も限界。彼は、一体何に怒っているのだろう。

仕事が大変。毒母の毒が凄い。煩雑な父の死後の役所や保険会社への手続き。大変なのはわかるけれど、普通の人は「忙しい」って理由で怒鳴ったり、訳の分からないことで人を罵ったりはしない。



そんな人を俗に「パワハラオヤジ」というんだなぁ。
今、流行りの職場などで嫌がられるパワハラオヤジ。



特徴その1、基本人の話は全く聞かない


特徴その2、ひとの説明を聞けない。「どうでもいいことをいちいち言うな!」「俺は忙しいのに時間の無駄なんだよ!」「結果だけ言って!!」という答えが返ってくる。


特徴その3、自分の理論以外は絶対受け入れない。


特徴その4、根拠のない謎の自信がある(笑)






弟はパートナーを殴ったことがあるそうだ…。聞いた時にはもう絶句。私なら即離婚。






こちらから事務連絡をしても、何故か最後は喧嘩腰口調。


「かいつまんで結果だけ言って!!!!💢」
とひどく叫ぶ。






母と、施設を決めるための色々を進めているが、弟は母にも、常に説教をしていると弟は、誇らしげに大いばりで言っていた。
『この前は、二時間もレストランで説教してやったよ!』
『お母さんは、金のことばかりで、頭に来る!!!』




そりゃ、入院先に通帳や債権を持参するわけにはいかないけれど、年寄りはお金に執着があるのだよ。
だから、多少の現金を握らせて、
『お母さん、コレ、渡しとくから、安心して😃🖐またなくなったらおろしてくるから大丈夫だよ』
とかなんとかいってニコって笑って適当にやっていれば、毒母は気が済むのだよ。それを、真正面から、まともにやり合うから、火に油を注いじゃうんだよ。
どんどんおかしくなる二人。話がまとまる訳もない。
~ワタクシならばそうする。







「お母さまと弟さんの二人でやっていくとうまくいきませんよ、dolceさんとダダさんが入った方が良いですよ」と、私は信頼している方にそうアドバイスをいただいていた。

でも、私ばかりか、ダダにも最近は声を荒らげるようになり、ダダは、もうあまり話をしなくなった。『なんだかいつも怒っていて、めんどくさい(笑)』って。

この母と息子はまるで双子のようだ(笑)






空き家にしてある実家の色々なことを報告するだけでも、折り返し電話が来て不機嫌全開モードの意味不明な罵声。
「草はむしっておいて!!」
「郵便物は!?」
~母にそっくり…。






ふーん。



でも、そんな大いばりの強烈パワハラおやじの弟も最近は、「泣き言」が出てきた。忙しい、お金がかかる、母といると精神的にもたない…。そんなことは、最初から折り込み済みです。

『はっきりいってお姉さんのことはあてにはしてないから💢もう全部俺がやるから』


元気そうな大きな声だこと。だったら黙ってしっかりやれば良いのだ。



けれども、ひとはね、全部ひとりでなんか出来ないのだよ。みんなに相談して、力を借りてやっていくのがひとなのだ。そうしてみんなとうまくやって学んでいくのがひとの道。五十を越えてそんなことも分からないなんて、お気の毒。










母は、最近、弟の九州からの交通費やタクシー代などを出してくれなくなったそうだ。

「コッチはお金をたくさん立て替えているんだよ。いちいちめんどくさいからさ、お姉さん、お母さんから預かっている現金を全部俺に渡してくんない?」


「九州と何度も行き来して、交通費もたまんないよ!」


めんどくせぇヤツ。









~コレ、きっと、毒母とすっごくうまくいっていないのだ。



『もうこれ以上変なこと言ったら俺は全てから手を引くからと、お母さんに怒鳴ってやったよ。』
と言ったとか(笑)断片的に、色々キナ臭いことを話していた。

こういうことから、相続のトラブルって起きるんだね。こんな強烈なアホとお金のトラブルなんてまっぴらごめん。
ワタクシは、そうだね、そうだねと、相槌を打っていたが、コイツの頭の悪さや心の弱さやわがままさに辟易としているのだ。






『dolceに連絡どうしようかな?』

と毒母が言ったという。結局、可愛がっていた弟は自分の思うようにならないのでやっぱり私を頼りたいのだ。

勘弁だわ

お馬鹿な強烈パワハラ弟は、
『もう少ししたらお姉さんも落ち着くからそうしたら、電話してみたら?』


『うん、そうする。なんだかんだ言っても、dolceは、私の娘なんだからね!』






って、お前らアホなの??
馬鹿なの??




二人とも一回病院で

お脳の検査を

してもらった方が良いですよ。




私は一世一代の決断をしたんだよ。
その場の思いつきで生半可な思いで決めたことではない。

甘いんだよ。





結局、自分がされたことでなければ、ヒトの本当の心の痛みはわからないのだなと思った。お馬鹿な方々は「想像力」というものがない。ヒトの立場になって考えることができない。残念。(笑)


ばっくり言えば、

テメーらとは、

縁を切ったんだよ!





なめんなよ💢







「パワハラオヤジ」をググってみた。
衝撃の記述が…。


パワハラオヤジになる原因は、「幼少期の不安定な家庭環境。または、溺愛されて育って思うようにいかないことに対応できないから」だそうだ。
また、ここに戻るのかよ…。


毒母、自業自得(笑)

あはは。




そりゃ虐待されている姉を毎日見て育ち、両親は不仲。そして自分は砂糖に蜂蜜をかけられたようにベタベタに甘やかされて育った男。欲しいものは全て手に入り、なんでも言うがままの母。学校の成績も常に一番。国立一流大学を卒業し、誰もが知っている会社に就職。~この世の春を生きてきた。








けれども…。
弟と話していて感じる奇妙な共感性のなさ。自分のロジック以外を全く認めない感性。なんというか、「こう思うのよね~」「ふーん、そうなんだ」という心が通じる感覚が全くないのだ。

これは、私との関係性で、嫌いとか、好きとかそういうものではなく、人として、心を汲み取るという感性がない。心の幅が全くない。心が触れ合う感覚が全くしないのである。これは、私は大人になるまでわからなかった。
要するに「心」が育っていない。そして、弱い。
根性が座っていない。


弟は、筋金入りのお馬鹿な強烈パワハラ男になっていた。








社会の中では、そんなに全て自分の思うようにはいかない。
コイツの闇はもしかしたら私より深いかも。







~~~~~~~~

どうでも良い話だが、弟は、「こころよく」という言葉を漢字で『心良く』と表記する。
ねえ、今までその間違えを誰ひとり指摘してくれる人がいなかったのだね…。

これは悲劇だよ。




そして私は、どうしようか迷った挙句、悪いけれど、
教えてあげるのは、

やめた…。


一生その漢字の間違いに気づかず、陰で笑われるが良い。麻生太郎ちゃんのように…。

かっこわりィ~。




ワタクシは、何か間違いをしても
『奥さん、それ、違ってますよ!』って言われるようなひとでいたいと、心の底から思った。
だって、私なんて間違いだらけの人生ですもの。
何かあったら、ひとに聞いて回っても良いではないか?
ねえ、どうしたら良いかなぁ?って。


それができないひとは、不幸の沼にはまって出て来れない。







私は、実家の家族にはナメられて、怒鳴られて、馬鹿にされ、利用され、感情のはけ口にされる。
コレは、ワタクシの育った家庭では、「ワタクシをこのようにひどく扱っても良いのだ」と常日頃から母が見本を見せていたから、この上下関係は変わらないそうだ。


~虐待って怖いですね~






でもね、弟よ、お前さんはそんなに立派なのかい?
そんなに偉いのかい?


「裸の王様」や、「酸っぱい葡萄」なんかをもう一度読んでみたら?って、言いたいが、
ブチ切れられそうだからやめた(笑)🤣🖐


でもね、あと二年でこれは終わると、私は希望を持っているのだ!
みなさん、さようなら。


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[2020/09/20 18:53] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(2)
重い石
仕事がうまくいかないのか、はたまた家庭がうまくいかないのか、弟はいつも怒っている。
たまに、実家の管理のことでやりとりをしなければならないが、思わぬところで声を荒らげる。
理解不能。



「いい加減にしなさいよ。私が何か失礼なことをしたのなら謝るから言って。何故、私にそんな態度をとるの?」

と言ったら、五十過ぎの男が、突然に声を上げて泣いた。
「どうせ、俺は人の気持ちがわからないよ!俺はダメな奴なんだよ!どうせ俺は…。」


????


この人は何に向かって泣いているのだろう…。私は、そんな事言っていない。
誰のことで泣いているのだろう。

泣きじゃくりながら、ひとりにしてくれと言った。
何故、話をしないのだろう。





私は思わず、弟を抱きしめた。


弟は、泣きながら私にすがりついた。
何故そんなに強がるのだろう。


~許可を得て拝借させて頂いております。








そして、ひとしきり経ってから、彼はこう言った。


『お姉さんは、お母さんから得られなかった愛情を、「酸っぱい葡萄」だと思えばいいんじゃない?あんなものは価値のない物だと考え方を変えたらいいんじゃないの?』

『でも俺は、俺は…。』

『俺はなんなの?泣いてないで答えてよ。』


俺はなんなのよ!









しばらくの沈黙の後、出てきた言葉は、
『俺は…四面楚歌だ。』だった。






『あれだけ反抗していつも自分の考えを通すお姉さんが、羨ましかった。なんでもかんでも思う通りに生きるお姉さんが、羨ましかった。』


え???

『だから、手に入らない物は、全部酸っぱい葡萄だと思って生きて来た…。』

ええええ?
そんな…。





それは、無理。絶対その葡萄は甘いって「自分が」知ってるから。根底を覆す様な自分の心を自分で騙す様なそんな事はできない。

そもそも、その寓話は、どうしても手が届かなかった葡萄に、『あの葡萄は酸っぱいんだ』と、そう自分に嘘をついた狐の言い訳が、不正直で、なんだか、自分の力不足を、自分を騙すことで収めてしまおうとする狐の自分に対する卑怯さの様な物を感じる寓話だった気がするけれど…。





負け惜しみ…。
”Sour Grapes” は、「負け惜しみ」という意味だったと思う…。

そんなものが人生の土台なんて、悲惨すぎる。

『酸っぱい葡萄』は『縁がなかった』とは全く違う。。。



「届かなかった」という事をまともに受け入れない卑怯さ。あの寓話は自分に嘘をついてでも体面を保つ愚かさを表現しているものと、思っていたけれど…。

葡萄が取れなかったら、台を持ってきて取れば良いではないか。網で突けば良いではないか。狐はジャンプしかしてないんだよ!!恥をしのんで、なりふり構わず誰かに頼めば良いではないか。お願い、私を助けて!!って。







いや、待てよ。そういう風に葡萄を酸っぱい事にして生きる方が良いのかもしれない。「葡萄を食べられない」という苦しさを、横に置いて、それに関わらない生き方もあるかもしれない…。別のところにエネルギーを使った方が賢いのかもしれない。実際、私の人生は、楽だったのは言えないのだから…。













確かに、私たち兄弟は、甘い葡萄を食べたことがなかった。



でも…。
私は、弟の生き方に、愕然とした。自らの根底を否定してまで、「体面を繕う」そんな風に私には見える。そんな風に生きてきたのか…。
そして、もがき苦しみながら生きてきた私を見て『羨ましい』とは…。弟は何を見て生きてきたのか…。




彼を抱きしめながら、この人は誰とも触れ合っていない人。そんな気がした。彼の家庭もうまくいっていないことを私は感じている。きっと仕事もね…。


母の私への暴言暴力を見て育った人。ひとつ間違ったらあんな風にひっぱだかれる、外に出されて、怒鳴られる。失敗は許されないと、思って育ったのだろう。心の傷は一緒だった。







ダダはこう言った。

『彼は、かあたんにもの凄く甘えているんだよ。あの家では、かあたんは、嫌な感情の吐きダメだったんだよ。その役割からもう離れても良いんじゃないの?但し、フェイドアウトで。ハッキリ切るのは良くないから、心の中で彼とはもう離れたら?あとのことは全部ダダがやるから…。しばらく話さない方がいいよ。』




たくさんの高価なおもちゃに囲まれながらも、一方で恐怖していた弟。一体、何を信じたら良いかわから
なかったのかもしれない。
私のように完全に愛されなかった方が良かったという事なのか…。


でも人生の心の据え方が彼と私は真逆。

どちらが良いかわからないけれど。






私の腕の中で泣く弟。
まるで、まるで、冷たい重い石を抱いている様だった。




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[2020/09/02 10:53] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
納骨式


納骨式は、このドレスで。
屋外なので、暑さ厳しい折、倒れても困るので。


そして、肌を出してはいけないとは、わかっておるのですが、マスク+喪服は、無理(笑)!
着物でも、スーツでも無理!
コロナなので、家族だけです。
『BBA、なんかコウモリみたい🦇爆笑。』と、息子…。






ここは富士山の軽石が敷いてあって、とても歩きにくいので、舗装されたところで、記念に写真を撮りました。次行くときは、ローヒールにしよっと。すっごく歩きにくいです。お寺じゃないからとなめてましたが、ヒールがズボズボ入って歩けたもんじゃありません(笑)

お天気は不安定で、雷さんが鳴っていました。
早く済ましてしまった方が良さそう。








で、納骨をして、
お花をお供えして「take the “A”train 」を二人で吹きました。
なんだか、ちょっと感無量でした(笑)






「カッコいいジャズを聴きたかったら、Aの書いてある地下鉄に乗るんだよ。」
「ハーレムのアポロシアターに着くには、Aの表示のある地下鉄に乗って行くんだ。」


少ししたら、父は、A trainに乗って、ジャズを聴きに行くかなぁ…(笑)
喜んでくれたかなぁ?



息子、練習に付き合ってくれてありがとう。


私の作ったお花も、弟のパートナーが、すっごく気に入ってくれました。
『ダイソーなのに、高島屋で買ったみたいに見えるぅ~』と言っていただきました!!あははは。爆笑です。
お墓には、苗字がローマ字で書いてあるだけ。
そんなシンプルさも父らしい。





『お父さん、愉しかった人生でしょ!』
って声をかけてきました。




お墓のお掃除をして、クルマに乗ったら、パラパラとフロントガラスに大粒の雨…。





~この日、私の人生のひとつの大きなものが終わりました。

これで、私のあの実家は、奇跡のように消えました。苦しかったです。
けれど、これで、お終いです~


母のことはダダと弟の二人にしてもらうことになりました。感謝です。





 ♬ また来るね、おとうさん~🎵✨




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[2020/08/23 10:09] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(4)
A列車で行こう
息子と一緒にフルートで、『A列車で行こう』を練習しています。

デューク・エリントンのジャズのスタンダード。父の好きだった曲。
ビッグバンドならば、ベニー・グットマンのステージを、父に連れられて私も聴きに行きました。高校の頃。ピアノの前に座る巨匠はすっごくおじいちゃんだったけれど、父は嬉しそうに聴いていましたよ。

すっごく太い指に、マフィアみたいな(笑)金のゴツい指輪。ピカピカの靴を履いて、黒のスーツ。カッコいいおじいちゃんだ。グランドピアノの上には、バーボン。ピアノで旋律をたどり指で合図をすると、ビッグバンドの演奏が始まる。








ハーレムの有名な黒人ミュージシャンの聖地、アポロ・シアター。ここを通る列車が、ニューヨークのブルックリン東地区からハーレムを経てマンハッタン北部を結ぶ地下鉄、案内記号はA系統、「"A" Train」
名曲『A列車で行こう』の意味は

「ハーレムに行くなら『A』って書いてある列車に乗ろうぜ。早く着くぜ」

「ナイスな音楽を聞くならアポロシアターへ急げ」そんな感じです。







父の納骨にこの曲を、私と息子で吹こうということになりました。

私は、フルートを、四十年ぶりに手に取ってみました。

テキトーにアレンジして…。ジャズは和音があると断然お洒落なんですが、ピアノを持っていくわけにもいかず…。フルート二本で(笑)



特訓です。四十年も吹いてないと、ヘロヘロです。でもね、息子と毎日、練習できるのも愉しい!






息子のジャズ、若いね…(笑)青いね…。やっぱり、歳ってあるのですね…。色気も素っ気味ない。音程はびっちり、そして縦線ぴったりの、演奏です。

お父さん、これが、若さってやつなんですね~。
お洒落じゃないですね…。グルーブ感ってやつが、なんもない。いやジャズだからスィングか…(笑)もっと色っぽいのがジャズなんですけれどね…。二十二歳の若造です(笑)



ワタクシにも、わかってきましたよ。こんなこと。






うう、でもさ、いいんだ。それなりの感じで…。下手っぴ楽団は、今日も練習です(笑) ♬✨~♪





~Take the  “A “ train 🚃 !


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[2020/08/19 10:41] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(2)
新盆
真夏になった。


いきなり。





ワタクシは、まだ気分的には四月くらいで止まっている。
お馬さんもピアノもずっとお休みだし、色々…。
でもずっと駆け回っていたし、ずっと停滞していた。今も停滞している。


まるで、
じっと石の下に隠れる沢蟹。

私は、涼しい山の沢に生きる小さな黒いカニのように、隠れている。








息子の練習するギターの音が聞こえる。彼もずっと家にいる。
飲み会、友との雑談はネットだ。大学は後期もネット授業が濃厚だそうだ。






晴れた朝、鳥の声で目が覚める贅沢さよ。
蝉が鳴き始めた。
猫がいなくなった。
日陰に隠れる猫たち。







幼い頃には、よく沢蟹をとりにいった。弟と父と。
おばあちゃんの家から、すぐの沢だ。
山の道を曲がると、急に霧と冷たい空気に包まれる。
顔に飛沫が飛ぶ。
ズック靴を脱いで裸足になる。
『滑るからゆっくりな。』

岩の上は柔らかい足の裏には痛い。我慢して水の中に入る。
冷たい水。透明な水。

ミズスマシ。どこからかわからないけれど、水が、上からも霧のように落ちてくる。
蝉時雨。
薄暗い林。







沢蟹をとろう。
岩の下に手を入れる。







ざーっという川のせせらぎの音が絶え間なく聞こえる。
岩に砕ける透明の水。しぶきが光に透けて落ちる先は、緑を反射した水面(みなも)。
せせらぎは、素敵。




雷。
大雨。
そしてギラギラの日射し。
霧雨。
魚の影。







でも岩の下は、何もかも関係ない。


いつでも静かで薄暗く、淡い光に揺られている。ゼリーのような光の膜の中にゆらゆらと揺らいでいる。






嗚呼、
いかん。うちがリゾートすぎる(笑)まるで岩の下だ。

取り替えた新しいダイキンのエアコンは、快適すぎる。家中すっかりリゾートすぎる。冷えすぎず、程よくからりとして、全くストレスがない。

すっかりここが山の沢のような涼やかな世界になってしまった。





お布団も、ふわふわ。
去年買った羽毛布団は、天国。結婚した時に買った羽毛布団がダメになってしまったので、布団を買い換えたのだ。
日本に輸入している羽毛のうち中国からの輸入が一番多いのに販売の表示はフランス製が多いと新聞で読んでから、ワタクシ、有名な布団会社のものを購入した。それが、ものすごく気持ちが良くて、よく息子が昼寝に来る(笑)


『この布団、どこで買ったの?』
ふふふ…。




浴槽に、エメラルドグリーンのホームセンターのミントのお湯がキラキラとゆらゆらとたまっている。


ローズウォーターをシュッと噴いて、ああ、ここは、どこ??


いつの間にか、部屋の中には嫌なものがひとつもない。


これはいかん。







ワタクシは、かさぶたが塞がるまで家にじっとしていてくださいって、せんせーに言われている。


心のかさぶたが塞がるまで。


心のかさぶた。






父が亡くなったことは、充実感さえある。自分の力で看取ることができた。そして父は、人生を生き切ったように思うからだ。本当に苦しんだのは最期の二日くらい。


なので父の写真を笑顔で見ることができる。
朝は『おっはよーー!』って言いながら好きだったお酒を供える。古いお酒は、家の周りに厄除けのためにまいて捨てる。



ゆっくり、していよう。


納骨式は、22日に決まった。もうそれで全てが終わる。




良いではないか、人生の長いバケーション。





秋が来るまで、家にいよう。
『焦ることなんかないよ。だって、母が休んでいても誰も困る人なんかいないんだもん』
と、息子に言われ、心が決まった。



素敵な日陰…。

父と一緒に遊んだ沢。あの沢は、昔から雨が降ると鉄砲水が出る危険な沢だったそうだ。そこにバブルの頃、造成がされて家がどんどん建ち並んだ。


『あそこは危ないんだ。』


よく父は言っていた。

父は現役を退いて、役所のアドバイザーのような活動をする様になった。高校の後輩が選挙に出る際に父にアドバイスを求めてきたからだ。

『当選したらすぐにあそこの補強工事を…』
父はそう言っていた。


予算をそこに注ぎ込んで、命を守れ。
いやいやそんな地味な公約では勝てない。
もっとひとが浮き立つような誘致や、道路の整備を…と言うひともいたが、当選し、すぐにその工事は行われた。

沢は、強固なコンクリートで囲まれ、風情も何もなくなった。私は、いやだなーと思った。自然のままが美しいのに。あそこは午後になると虹が出るのに…。沢蟹はおばあちゃんが油で揚げてくれて、お塩で食べる。生きたまま油に入れるのにはものすごく驚いたけれど…。美味しかった。愉しかったのに。…お父さんったら!!

父は、黙っていた。








でも、ここ最近の雨の多さ…。

弔問にいらした方が、安心して住めるのは、父のおかげだ、と、涙ながらに言ってくださったのを、私は、一生忘れることはないだろうと思う。


ごめんね、お父さん。

実家に窓開けに行ったら、お盆の色々な光るグルグル回るのやら、お菓子やら、お手紙やら、たくさんの心尽くしの物が玄関先に置いてあった。

こんなにしていただいて…。うれしいね。お父さん。
私の実家の家族は父だけ。心が通じたのは父だけだ。

おうちリゾートしましょう。




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[2020/08/17 07:11] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
鹿と川魚




山の緑は日に日に濃くなってきている。強い日差しに生き生きと緑が膨らんでいく。
母は、弟に一切連絡をせずに、弟はイラついている。8月中に、施設を決めて母を入れるからと言っていたが、思うようにはなるまいと私は思っていた。

老婆は、躁鬱ではなく、アルツハイマーでもなく、診断的には『普通』なのだから。「自立の生活もできます」と、主治医が面接で余計なことを言ったばかりに、母は家で一人暮らしをすると言い始めた。
うまくいっていた弟と母は、険悪になりつつある…。結婚してから、うちにほとんど寄り付かず、大人になってから初めてまともに母親と対峙した弟は、蓋を開けてみたらあまりにも理不尽なことを言う母親にイラついているのだ。
ね、弟よ、私の苦労がわかったでしょう。



あのひとは「竹を折ったような」ひと🤣🌀💦


施設に入るのが嫌でひねくれて、連絡をしてこない。まるで、幼児だ。でもそれはヤツの常套手段なのよ。そして、入院中なので、こちらからは連絡ができないのだ。病院が事情を汲んでくれて三ヶ月入院させてくれるそうだが、期限までに決まるとは思えない。


でも、そうなれば、その精神科にずっと入院なのに…。




半沢直樹、私は見ていないけれど、番組宣伝のCMで『倍返しだ』といっているのを聞くたび、私は、心が曇る(笑)
私は、幼い頃から『100倍にして返してやる』って常時言われていました(笑)「人間っていうのは恐ろしい」と、魂の奥深くにしっかりと釘を刺されて生きてきました。でもね、やったことが100倍になって返って来たのはなんと老婆自身だったという…。人生って恐ろしい。
この浮世に半世紀生きていますけれど、みんな、ちゃんと謝れば、許してくれます。仕返しをするひとなんかに会ったことありません(笑)




私があの老婆に仕返し?しません。そんな価値もない。彼女は充分裁かれています。神さまに。






最後に彼女を見た日、大雨だった。息子が傘をさしかける。階段で、腕にすがりつこうとした老婆の手を息子は、なんと、振り払ったのだ…。


わかるよ、息子の気持ち。










林を分けて入った小川の汚いにごり水に、2匹の川魚の黒い影がある。神経質で、臆病そうに川底を泳ぐ暗い岩陰に住んでいる川魚たち。




枯れ葉がぽちゃりと落ちただけで、大騒ぎになってしまうほど、川魚たちは、臆病だった。
その川に、春になって久しぶりに大きな鹿がやってきてチャポンと顔を突っ込んだら、みんな驚いた。
大きな鹿はただ喉が乾いただけ。水を飲みにやってきただけなのだ。
川魚をとろうなんて、考えてもいなかった。




川魚たちは声を殺して相談する。アイツは、勝手気ままで、なにをしでかすか、わかったものではない。この静かな水辺をかき回す。そうして、知らん顔して去って行く。礼儀知らずだ。そんな権利がどこにあるんだ。どうにか、ここにアイツが来ない方法はないか…。



猟師に相談して、撃ってもらおう。いや、猟師は信用できない。漁師のやつだって俺たちを、捕まえて食ってしまうかもしれない。


じゃ、良い考えがある。
鹿のヤツがこの水が飲めないようにしてやろう。上の流れを堰き止めるんだ。
それは。いい案だ。
熊に頼んで、川の水を堰き止めた。




川は干上がり、鹿は二度と来なくなった。

けれども、魚どもも、居場所がない。濁った川はいよいよ暗く、沼のようになった。落ち葉が腐り、饐えた(すえた)澱の淀んだ泥の溜り水になった。





すると、2匹は、大きな喧嘩を始めた。
何故、水が来ないんだ!熊のやつめ、やりすぎだ。
俺たちの居場所がないじゃないか。
こんな暗いぬかるみじゃ、ヌルヌルして住めやしないじゃないか。
誰が熊なんかに頼んだのだ。








いや、鹿が…、鹿が悪いのだ…。
そうか、無神経な鹿のヤツ…。




鹿は、もうその淀みには近づかない。山の奥に行けば、美しい静かな場所があるよ、と、野ウサギさんに聞いたからだ。

「奥にはもっときれいな泉があるよ。
鹿さん、あなたは、もう、あそこへ行く必要はないんですよ。
さあ、こっちへ。どうぞ。」



「鹿さんのお父様はお星さまになられますよ。
これからは、いつでもお空にいらっしゃいます。どこにいても会えるんです」








そこは、きれいな水がこんこんと湧き出ていて、
泉の向こうには良い香りの大きな山百合が
むせるようにいくつもいくつも咲いていたそうです。

→小鹿と私



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[2020/08/12 08:25] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
母の診断
二週間にわたる詳細な検査の結果、母には病はなく、正常との診断だった…。


前頭葉の萎縮も僅かで、年相応。アルツハイマーでもなく、あの攻撃性も、病的なものではなく、あくまで性格によるものだそうだ…。

最初の入院時には、攻撃性の強い躁鬱病かもしれないと言う見立てでしたが、全くその症状はなく、あくまでも、『元々の性格によるもの』だそうです。投薬治療も必要ないとのこと…。驚愕である。



…。



あれが病気ではなくて正常な精神で行っていた事と思うと、驚くばかりだ。


でも、地域でも歴史ある大きな病院の二週間かけての結論に、まさか誤診もあるまい。




今までの行状は全てコントロールされた意図した上でのことだったのか…。

しかし、はっきり言ってもうどうでも良い。


もう、

縁の切れたひとである。





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[2020/07/16 23:21] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
虐待サバイバー
『「虐待後」を生きる ~癒えない“心の傷”~』というドキュメンタリーがNHKで放送されたことがあります。

よろしければ→★



まず、虐待とは親子関係のこじれとか、親子喧嘩のエスカレートしたものではなく、レイプに近いと私は思います。


私は、実際レイプをされた経験はないので、これも想像ですけれど…。
レイプ被害者に、


  『もう過去のことでしょう。もう引きずらないで、前を向いて忘れましょうよ。』


『先方にも何か事情もあったのでしょう、犯人を許すことで手放すこともできますよ。』






と、言える人は極めて極めて少数だろうと私は思います。


未来は過去の延長上にあります。
「許す」という事は、 被害者にとっては「自分の魂の死」と引き換えです。







人間であれば、それが一生ついて回るほどの恐怖と、魂の殺人に等しい苦しみと、著しい恐怖や心の痛み。そして、そんな忌まわしい何かを、心の中で、整理するという難題を抱えて苦しむだろうというのは容易に想像できます。心を整理できないひともいるでしょう。一生無理なひとだっているでしょう。苦しみで自ら命を断つひともいるでしょう。






虐待もレイプと同じです。されたことも苦しみですが、その後の地獄があるのです。


子供は親がいなければ生きていけない。非力な子供は生きる術がない。親を信頼したい。愛されていると思いたい。いや私が悪い子供であるからこんなに親を苦しめるのだ。申し訳ない、自分ってなんて嫌な人間なのだろう。母がかわいそうだ。自分さえいなければ…。


自分ってなんて汚くて、自分勝手で、嫌な子供なのだろう、と、そういうセルフイメージを小さな時代に心に刻みつけて、生きる為に親に迎合して生きるしかないのです。だから被虐待児は親に取り入る。親のサンドバッグになりながらも、『私の親は素晴らしい』と思い込んで生きる。


私も、本気でこう思って必死でやってきました。










数年前に大きく報道された、字が書ける様になったばかりの故 船戸結愛ちゃんの親への手紙


『ママ もうパパとママにいわれなくても


しっかりじぶんから きょうよりか


あしたはもっともっと できるようにするか


もうおねがい ゆるして ゆるしてください


おねがいします






ほんとうにもう おなじことはしません ゆるして


きのうまでぜんぜんできてなかったこと


これまでまいにちやってきたことを なおします


これまでどんだけあほみたいにあそんだか


あそぶってあほみたいだからやめる


もうぜったいぜったい やらないからね


ぜったい やくそくします』






この手紙に全てが書いてあります。平易な文の中に、なんとか親の機嫌をとらねば生きられぬ必死さ。親の気に入る自分になる事への必死さ。自己否定。ありもしない愛情を求める悲しさが、痛いほど詰め込まれています。


自分らしく生きる事を否定されて生きる事を、骨の髄まで強要されているのでしょう。


その後、彼女は殺されました。


しかし、かわいそうに世間の関心はここで終わる…。


問題は、ここです。普通の方は、ここで終わりと思うのです。
彼女は亡くなってしまったけれど、生きていたら、悲劇はこれからです。虐待後。この自意識の低さ、自己肯定感のなさで、自分が嫌いで、「嫌われて当たり前の嫌な自分」という強烈な自己イメージ。これと一生闘う。非常に苦しい人生になる。精神医療の助けが必要です。


私も、母の「心の面倒」を幼少時から命がけでみてきました。(機能不全家庭の立場の逆転と言う)


幼い私は親で母は最後まで幼児でした。親子と思えたことは一回もない。母の心の面倒…。ストレスの吐け口になり、サンドバッグとして使われる。暴言を耐える。意味のわからぬ叫び声の説教に口答えも許されず耐える。謝る。機嫌をとる。道化の様なことを言って気持ちをそらす。


「アンタなんか死んじゃって」と言われて、迷惑だから死にたいけれど、どうやって死ぬのか見当もつかなかったあの頃。死ぬという意味も分からなかったです。


でも、滑稽なことに親が大好きだった。~被虐待児はそう思うことが生きる術です。一種の洗脳です。














話をしていて誤解があるかな、と、何度か思ったので、参考程度に、気が向いたら読んでみてくださいね。
そしてふたつ目。
被虐待児の苦しみは、恨みや嫌悪ではなく、自分との闘いです。


私達の気持ちは、「母さえいなければ…。母が憎い、大嫌い、恨んでやる。恨みを晴らしたい」…残念ながら、そんな、簡単なことではないのです。


被害者は長じて、問題は自らに内在化し、親は関係なく、もはや「自分の問題」となってくる。生きるのが精一杯で、親へのくだらぬ恨みの気持ちよりも「自分の心の葛藤と闘うことで、消耗しクタクタに疲れ果ててしまう。」酷いひとは、親の怒鳴り声の幻聴に悩まされるという。
それを親のせいではなく、自分が悪いと、自分を責めて生きるのです。




私も、親と住んでいた頃、そうでした。身体中に原因不明の湿疹もありました。幼い頃からずっと治りませんでしたが、大学へ進み親と別居をしたら、一ヶ月で跡形もなく完治でした(笑)


そして自分の大きな声で名前を呼ばれると鳥肌が立つという習慣?癖?なんだろう、そんなことに悩まされていました。






ブルースウィルスの「キッド」という映画…。
あの赤い飛行機の…。


学校で、虐められて以来、自分に自信のない初老の嫌われ者の独身男性、ひとりぼっちの主人公。夢を諦めたパッとしない人生に絶望していた。が、ふとしたことで、幼い頃に戻り、昔の虐めっ子に再び挑戦する。その惨めだった場面に戻って、いじめっ子ときちんと対峙し、ちゃんと喧嘩ができて、言いたいことを言い、やり返す。
そして再び現在に戻る。すると、なんと未来には、欲しかった赤いセスナに乗り、犬を飼い、伴侶を得て、素晴らしい人生を歩く「強い自分」になれていたのだ。だいたいこんな筋だったと思う。



私もこれをやったのです。


私が母を蹴ったのは、「自分の強さを自分で感じたかったから。」「弱い自分でいたくなかったから。」自分はもう、泣いてばかりの暗闇で膝を抱えた少女ではなく、お日様の下で堂々と意見をし、必要であれば、力も強く、自分はやっていけると自分に示したかったから。
プリミティブな方法が、一番です。
蹴る…。
産まれて初めてやり返しました。やってみたら、母は天地がひっくり返るくらい驚いていました。絶対に怒らないだろうと思っていた人が、暴力を振るったのですからそれはびっくりでしょう。
「私だって、強いのよ!!」
「私だって、負けないわよ!!」
って、思いました…。母は言葉ではわからないのかもしれません。ああ、非常に残念な人。


では、恨んでいないならば、なぜ、もう母と会えないのか?「それは恨みではないか、不仲ではないか。」と思うかもしれなません。
その理由は、簡単。自分を守るためです。もうこれ以上、あの人に甘えられるのは無理です。
もう、お付き合いはもう一切遠慮したい(笑)




最初に出したNHKのドキュメンタリーの最後は、こんなコメントで締めくくられていました。






『私たちは「虐待の現場」をなんとかしなくてはという認識しかありませんでしたが、その後に被害者がこんなに苦しむということは社会には認知されていません。虐待が増えている昨今、その後のフォローにもっとマンパワーとお金を使って行かないと、こういうひとの受け皿がない。虐待は増えている。これからこの様な虐待その後を生きるひとのサポートを考えていかねばならないと、今日初めて思った。」






正確ではないけれど、だいたいこんなことだったと思う。






私は、幼児期の記憶が断片的にないのです。人の脳は恐怖や限度を超えた体験を記憶から消すというすごい能力があるのだそうですね。
特に、身体的な虐待の記憶は切れ切れの場面しか記憶がありません。



ありがたい事に、親に愛されたいという願望は、父によって最後の最期に解決してもらうことができました。父が最期に命をかけて私を愛してくれました。今は、ここには、書けないけれど、私には父に深く愛されていたという事がはっきりわかりました。
私は、もう母の今後にも興味はありません。心配もありません。どうしているかな?なんて、思いません。多分将来も思わないと思います。
残りの人生は自分のために生きていきます。


後遺症はまだすっかり治ったとはいえませんが、
もう関わらなければ、トラウマが噴き出すこともないでしょう!
これからは、良くなっていく一方です。



家族の問題はケースバイケースで、一括りに話すことはできませんが、苦しみの中生きていらっしゃる方からもここにコメントをいただくことも、多くなりました。
よろしければ、ご覧になってください。同じ境遇の方はたくさんいます。
あなただけではないのです。ひとりぼっちじゃありません。


私は、癌サバイバー、であり、さらに虐待サバイバーにもなっちゃった(笑)✨
この苦しみが終わる時が来るなんて、
まるで、夢のようです。


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[2020/07/07 20:52] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(4)
閉鎖病棟へ
母は、受診の翌日、精神科へ入院が決まった。攻撃性が強く、なんらかの大きな精神の病の可能性が高いという。認知機能に問題はないという。計算も、そのほか色々も全く問題ないという。



演技だったのだ…。




が、それまで、私の家に1泊、預かる事になった。








アルツハイマーではないとの診断に母は、何故かご機嫌で家にやってきた。
『来たよ~!』


は?





もう、これまでの私達の苦しみや父を亡くした悲しみなど、すっかり忘れたその笑顔。









夕食後、私は母に、こう言った。


「幼い頃、「ああ、昨日はdolceを叩き過ぎちゃって手が痛いわ」と近所のおばさんに言っていたあなたは、これからどんな死に方をするんでしょうね。
逆に考えたら、そんな悲しい事さえしなければ、人生ってしあわせに生きれるんだって、すごく勇気が湧いたわ。そんなの簡単だもの。」


こう言ったけれど、すっとぼける毒母。


『あなたは嘘つきだったから。昔から。おかしかったから。』


と私に言った。ヌケヌケと。








さすがに、もう、冷静ではいられなかった。、心の中の事を全部言ってやった。最後は怒鳴り声になっていた。全て聞いた後に、母は、

「一生懸命育てたつもりだけれど、育て方を、間違えました。すみませんでした。」

と、言った。大根役者のセリフのようだった。






そう言い終わって、膝を崩そうとした母を、私は、咄嗟に、思い切り足で蹴ったのだ…。


なんということ…。









部屋の外で息子が止めようとしている声がする。


でもダダが、言っている。

『怒りを全部出させて楽にさせてやろう。止めたら、かあたんがかわいそうだ。やらせよう。かあたんの気持ちが大事だ。』







私は、何回か思い切り母を蹴った。
泣かない母。
泣かないんだ。




そのうち、なんとも、馬鹿らしくなった。





馬鹿みたい…。





『私はもうあなたに名前を呼ばれるのが嫌だから名前を変えたの。お父さんは悲しむと思うから黙っていたの。もう私は〇〇じゃないから。』

『なんて名前なの?』

『教える気はない。あなたにはもう呼ばれたくないから。』










「さ、病院へ行くよ。時間だよ。」
ダダの声がした。


外は大雨だった。




母は、名残惜しそうに私の家を見渡していたが、私は、
『もう、二度と来ないで!』
と、叫んでいた。喉が枯れるほど…。




自分の非情さに、自分で驚いた。でも母は平然と帰って行った。
息子が傘を差し掛けて母に付き添う。




雨の朝。




忘れていったのか、布団の横にバッグがあり、中には、封の切っていないお札の束がいくつか入っていた。まだ隠していたのか…。
ああ、また相続の書類を書き直さなきゃならないじゃないの…。
お金…。こんなものは、人生の最後にはなんの役にも立たぬ紙切れだ。







人生で一番大事なものに、値札はついていないんでね。









実家へダダが送ると、母は、待っていた弟に、昔、五十五年前に、虐待はあったのか?と聞いたそうだ。
『ひどい言葉の虐待と、暴力と両方あった。お姉さんにだけ。僕はされていない。』
と答えたそうだ。
母は、そんな事、ありえないと首をひねったそうだ。


ああ、疲れた。もう、早く何処かへ消えて。

もう、二度と絶対そばに来ないで!




弟が、安い施設を見つけて、そこに入れる様に話を進めている。そこへ入れるまでは、精神病院に入院。しかも閉鎖病棟だそうだ。






私は、朝、母が帰ると、眠ってしまった。
起きたら、もう夕方だった。


とてもぐっすり眠れました。
起きたら、
息が深くなり、お腹の底まで空気が入る気がする。
今までは、呼吸が胸でつかえていたのか、わかりませんが、呼吸が深く、なんだか、今までと感じがする…。


心の傷ってこんななんだ。ここまでなんだ、と愕然とした。



去年の今頃…。





あと少し…あと少しで全てが終わる。
落ち着け、と、自分に言い聞かせる…🦋


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[2020/06/30 22:33] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(8)
遺産相続が終わり、帰宅したら居間で失禁し、抜け殻のようになった母。
明日、精神科へ予約を取り、連れて行くことにした。





お金って、そこまで大事だったんだ。半分あるじゃない。それでも不満なんだ。




実は、父には遺言書があった。そこには『全財産を妻に相続させる』とあった。
~どうせ母が書かせたものだ。そこに座っていた誰もがそう思っただろう。


しかし、父の生前に母が大量に下ろしてしまったことで、相続ではなく贈与になり、(詳しくはググって調べてくださいね(笑))そのまま母に渡るとものすごく課税されてしまうことが分かり、弟が、それでは、「非常にもったいないので、法に則って分けよう」と言ったのだ。私も、それが普通の判断だと思った。








そりゃ、お金はないよりあった方が良いけれど、自分の血肉になる様な使い方をしない人には、お金なんかただの紙切れだ。人に貢献できる人にならなければ、お金はついてこないんだなぁ、と、しみじみ思った。

人や自分の、心や、頭が豊かになるために使えない母は、お金を持っていても、神さまが、『あなたには不要です』と言ったかの様に、一瞬で、半分がすり抜けて無くなってしまった。
でも、まだ半分あるから大丈夫。といくら言っても、何度言ってももう反応もない。








昔から母は、よく言っていた。

『面倒みてくれた人にだけ、遺産をあげる。みてくれなかったら、絶対にびた一文あげない。どこかに寄付するからね。絶対だから!』と…。
私も弟も、いくらもらっても、母の介護はしたくないと、心の中では思っていた。




父が生前贈与をしようと言い始めた頃にも母はそれに猛反対をしていた。
私たち兄弟をお金さえあれば、思うようにできると信じていた。自分のしてきたことなんて、すっかり忘れて。人間は、お金だけでは動かないのを知らないのだろう。




因果は巡る。
恐ろしいくらいだ。







人生で、自分のしたことは、必ず返ってきます。



幼い頃の私の自画像。どれこもれも泣き顔でした。

これは母に、ものすごく怒られたのを覚えています。この絵を見た母に怒鳴られて突き飛ばされて、怖かったのをよく覚えています。
母には、『笑った顔を描きなさい!!』と、言われたけれど、幼稚園では、「いつもの自分の顔を描きなさい」と言われたのだ。

~きっと、こんなことも、母は忘れてしまっているのだろう。











ああ、あれは、全部父に集まったお金だったのだ…。

父を活かして、父を豊かにし、人の為に活動させる為に神さまが集めてくれたお金なのだ。
良い使い方をできる人でなければ、お金は羽をつけて逃げてしまうのだなぁ…。






私は、お金には意志があり、徳のないところにはいたくないのだと思った。





私は、信仰している神さまはいないけれど、神さまって絶対いると思った。







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[2020/06/30 16:25] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
二つの紙袋
『そこの紙袋に六百万円入っているの。お葬式代。』




と母が言った紙袋には、家が買えるほどの1万円札が入っていた…。お葬式は簡素にと遺言にあったので、お金はそんなにかからなかった。


『紙袋は二つあるの。もう安心ね…。』
奥にも、もうひとつ同じ紙袋。






これをいつ下ろしたのかと聞いたら、父が倒れてからすぐにだそうだ。銀行を呼んで、持って来させたそうだ。よくも、そんな時に、お金お金と、銀行巡りをして…。こんな事になっていたとは、情け無くて、涙も出ない。一回で下ろせないものは、日を分けて下ろしている。父が苦しい時に。


オムツ交換もしないで、身体を拭いてやることもしなかった。部屋は異様な臭いがしていた。

花もない、何か音楽を聴かせるでもない。ほったらかしで、ただの水を水道からペットボトルに入れて、ベッド脇に置き、頭をあげる事もせずに、寝たまま飲ませていた。その度に苦しくてむせる父。

それを、枕元で、立って見ていた母。緑茶だって、紅茶だっていくらでもあるではないか!自分は飲んでいるではないか!なのになぜ父には、いつ汲んだか判らぬ様なぬるい水を飲ませているのか…。



ケアマネが、私に毎日オムツの交換だけしに来いと言った。そんなに疲れているのならと、泊まり込んだ。


でも、なんだよ、それ!
父の看病はできないが、銀行は行けるのか!!





人間の屑…。












田舎なので、家はいつも鍵をかけない。夜の門灯ももったいないので付けないでくれと言う。真っ暗な玄関。
暑かったら窓を開けて寝る。






これが、3か月も家にあったのか…。今日も弔問客が引きを切らない。対応にてんてこまいだ。名前もわからない人がどんどん上がってくる。それなのに…。





怒りで、手が震えた。


父の働いたお金を…と、思ったら情けなくて、情け無くて…。
通帳に入れて金庫に入れておいたらまだ安心なのに。。。


とにかくこの現金は、銀行へ入れないと怖いから、と、私が、持ち出そうとしたら、
『持って行かないで!!大丈夫!そこに置いといて!!』と言って、母は、非常に怒った。











まるでルパン三世のように大きな袋二つに札束を持って近くの銀行へ、震えながらクルマに乗り込んだ。
銀行で、事情を話すと、別室に通されて、説明を受けた。


父が生前下ろしたものなので、今私の口座にとりあえず入れて、後で相続しようとしたら、それは、「相続」ではなく一回私に「贈与」することになってしまうので、ものすごい税金がかかってしまうと言う。
貸金庫も、今日すぐにはできないと言う。


なんという事。




結局、自宅で保管するしかないという結論だった。
泣きたくなった。






仕方なく、一回、東名高速で自宅に帰り、息子が家に運び、家の雨戸を全部閉めた。二階の電気は二十四時間つけておく事、息子が外出禁止で、留守番をすることを言いつけて、再び実家へ。
怖かった。




全て自分のものにしようという老婆の猿知恵。それが裏目に出て、このお金を


すぐに相続しなければ


銀行へ入れられない



という恐ろしい事態になったのだ。











冷蔵庫の中身は全部腐っていた。が、それを昼に食べている。
『これは腐っているよ』
と言うと、怒り出す。
あればあるだけ食べてしまう。
そしてグーグー眠る。
何か指摘すると、烈火の如く怒る。








弟によると、父が亡くなった時、
母は、もう、
『息、してないね。』

と言ってベッドの横にしばらく立っていたが、寝室に行って、布団に入ると、すぐにいびきが聞こえたと言う。弟は、それを見たら、もう何もしたくなくなったと言う。こんなに必死でやっているのが馬鹿馬鹿しくなったと言った。もう、嫌になった、と、泣いた。




葬儀の翌日だ。情けない。
こんな中、遺産を相続か…。


急いで遺産リストを作り、印鑑登録をしに一回帰って、再び実家で書類を作り判を押し、すぐに銀行を回って、それぞれの口座におさめる事になった。


帰宅したら、母は、失禁してしまった…。

続く…。


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[2020/06/29 11:04] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(2)
父の思い出
幼い頃は、横浜の伊勢佐木町の松屋デパートに行き、これと、これと、これ、と、好きな物を選び、自分は父付きのお手伝いのツルとクルマで帰り、品は店に届けさせていたという。

お支払いは、全てどこでもツケだったという。



その頃の写真。

横浜の店と家は、空襲で焼け、疎開し、ものすごい苦労をしたそうだ。
苦しい生活だったそうだ。
「戦争さえなければね(笑)!」と、父の兄弟が皆笑っていた。







名前空欄が父のスコア。

ゴルフのハンディは7とかでした。









下の写真右が父。この高校は、今はとてもこんな野球強くないです(笑)今は、からっきしですよ(笑)Y高と決勝だったんだね!すごい。父のピッチャーゴロをY高がエラーし、決勝点が入り、勝ったみたいですよ。笑える。
ここから、全国大会まで行った。残念なことに、その新聞記事は残っていない。





自宅に駆けつけた弔問客が色々父のことを教えてくれた。



『この人を悪く言う人は誰もいないよ。本当だ。早すぎんな…。なんだよ。こんな、若いよ…な…。』

『一回も人の悪口を言っているのを聞いたことがないね…。』

『一銭にもならないことを、地域の為に一生懸命やってくれたな…。』

『自治会長になった時、いの一番で、鉄砲水の出る場所の治水工事を、いくら予算がかかってもやるべきと、言ってたくれたんですよ。お祭りとか、そんなことより、治水工事を、と言ってくれて、安心して住めるようにしてくれてね…。本当に感謝してますよ。』


『早すぎるべ。これよ。悲しいな…。』

『娘さんよ、知ってるか?この人が、川に蛍を…、富士山の見える場所に、菜の花をいっぱい植えようと、ボランティアを募って、色々してな、写真を撮る人がたくさん来るようになったんだよ。去年から始めたその蛍をよ、見せてやりたかったな…。そろそろ初めての蛍が飛ぶ季節になったのにな…。』






『ボランティアで、演奏活動をしてな。話も愉しくてよ、老人施設によ、ファンがいたんだぞ(笑)みんなガッカリするべよ。』

父が、どれだけのことをしていたのか、知らない話をたくさん聞かせてもらえた。







お父さん、みんなに撫でてもらって、よかったね。









外をふと見ると、父の畑を、誰かが草むしりをし、トマトを誘引してくれている。庭では伸び放題の植木を刈ってくださっているひとがいる。

私は急いでサンダルを引っ掛けて、お礼に行く。

『いいだよ。好きでやってんだから。あんたは、娘さんかよ。これから大変だぞ。これからうんと疲れるから、休めん時にゆっくりしてろや。』

八十過ぎた人たちが、こんなに来て、なんでもかんでもしてくれる。大泣きだ。
私は、ここの方言がとてもとても懐かしく、温かい気持ちでいっぱいだった。



私と息子と父で発表会にも出ました…良い思い出。








人間だもの、父にだって、悪いところもいっぱいあったはず。でも、皆さん、こんな風に言ってくださって、ありがとうございます。







お父さん、私は、うれしいよ。
本当に、うれしいよ。
人って、いいな。

生き切った、という気がする。そして私は以前よりすぐそばに父がいる様で、寂しいよりも、温かい気持ちでいっぱいです。





タマと私。


~父の自慢ばかりでごめんなさい。
この後、大変な事が次々と起こり、今、私達は、頭を抱えています…。


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[2020/06/29 09:40] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
~お父さんへの感謝状
~お父さんへの感謝状、退院に際しての私の手紙…。



小さな頃、お散歩に連れて行ってくれて
野の花を摘んで、ススキの葉っぱでリボンを作って花束にして、私にくれてありがとう。いつもとてもうれしかったです。


土手に咲いた花をとってくれと言ってわがままを言った時、ずるずる滑りながらその花を摘んできてくれてありがとう。そんなことを私はよく覚えています。


ピアノを習わせてくれてありがとう。


ナックで、肩に花の刺繍のたくさん入ったグレーのセーターを買ってくれてありがとう。大事にとってあります。




とても可愛がってくれてありがとう。


縁側であぐらをかいて、お天気の良い日に私を膝に乗せて丁寧に爪を切ってくれましたね。




小田高へ一緒に行けてすごくうれしかったです。


長嶋茂雄に会わせてくれてありがとう。


野球を見に連れて行ってくれてありがとう。


富士宮で行ってみたかった料亭に連れて行ってくれてありがとう。


たくさん本を買ってくれてありがとう。


ゴルフを教えてくれてありがとう。


木工細工できれいな裁縫箱を作ってくれてありがとう。


いろんなことを教えてくれてありがとう。




いつも生きる姿を見ていました。


寒い冬の日、熱があっても、何があっても会社に行く姿を、今でも覚えています。


お父さんの仕事に対する取り組み方を私は見ていました。


私も人のために一生懸命仕事を続けています。お父さんの様に。お金はちょっとだけど、みんなに喜んでもらうことが、今、自分の喜びです。


お父さんが、真摯に地味に、そして、どんな時もまわりのために尽くしていた姿を知っています。


ギターの会でも、楽譜を作り、全員の分をコピーをし、皆に配る、そんなお父さん。


かっこよくて、おしゃれで、スポーツ万能で、努力家で、頭がよくて、
優しくて、お父さんは私の自慢のお父さんです。


少ししたら、ナッシュと行った運動公園にお散歩にいきましょう。


そして、私が馬に乗る姿も見に来てください。


私の仕事ぶりもお父さんに見て欲しいです。


もうピアノ教室は二十年続いていますよ。私のライフワークです。


それだって、ピアノを習わせてくれて、
仕事をする厳しさを黙って背中で見せてくれた、
お父さんのおかげです!


ゆっくり休んでね。










退院の時に書いた私の手紙。

最後に退院のお祝いの言葉を書いたが、削除してあった。

葬儀で、何か手紙でも披露しましょうと葬儀屋との打ち合わせで言われ、ダダが渡してしまったものだ。司会が代読してくれました。



しかし、代読した人がつっかえつっかえで…。私、なんだかオカシイと思っていました…。帰りに担当者がすっ飛んで来た(笑)

『すみません…泣いてしまいました。お式でのご長女さまの姿や、お式のご様子など拝見してこれを読んだら、つい…。プロとして、恥ずかしいです。お許しください。』

今日、一番泣いていたのは、息子とダダだった…(笑)あはは。

『いえいえ、父は退院の時、一回読んでおりますので、父には伝わっていますので、大丈夫ですよ。』
と、私。大丈夫よ…平気。


遺言で親族のみの無宗教のお香典もご辞退の歓談のみのお葬式でしたが、
写真をみんなで見て、愉しい話で大笑いしたり、父の逸話にびっくりしたり。

『dolceちゃん、不謹慎だったかもしれないけど、とっても愉しいお葬式だったよ』まーちゃんが言ってくれた。


『dolceちゃん、本当に良いお葬式だった。』たーちゃんが、泣きながら言ってくれた。


『昔よくやった新年会みたいで、本当にパパたち楽しそうだったね。』


『dolceちゃん、葬儀屋さんって泣く時もあるんだね。(笑)』
『本当本当(笑)』





ありがとう。お焼香も、お経も何にもないけれど(笑)







お花は百合と薔薇で真っ白にした。



~また葬儀屋さんに散々言われましたよ。白だけでは寂しいですよ。お花は色を入れるのが最近の流行です。🤣でも、結構です、真っ白で、色々な花を取り合わせて、お花はたっぷり飾ってください。






会場は百合が静かに強く香っていた。
お花だけはたくさんたくさん飾りたかったから。


百合ってすごい。こんなに香るのね…。





歓談中は、父の演奏したクラシックギターと、フルートを流した。
ゴルフやスキーの写真、フルートやギターを演奏ているところの写真を大きく伸ばしていっぱい貼って、賑やかにした。
父の幼い頃の横浜の家の時の写真を見たら親戚が愉しいかと、八十年前のアルバムを用意した。
それを見て、皆、話に夢中。思い出の話。愉しい話ばかり。大笑いもたくさん。
私もいっぱい笑っちゃった。
そして出棺は、大好きだったアランフェス協奏曲の2楽章。










横須賀から、大磯から小田原から、高齢の兄弟が皆集まってくれた。

そして、出棺の時…






私は、クルマの窓から生前の父のマネをして大きくみんなに手を振った。


親戚のおじちゃんおばちゃん、いとこたち。驚く事に、笑ってニコニコで手を振ってくれた。なんだか、みんなかわいい(笑)



隣で、絶対、式で泣かなかった純ちゃんが大泣きしていたのが、車窓から見えた。


人っていいな…。



~個人的な記録です。お目こぼしください。



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[2020/06/27 11:41] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
最後まで、かっこよかったです


入院中の写真です。



弔問に来てくださったケアマネに、こう言っていただきました。


「家で看取れて、よかったですね。お母さまがお嬢さんに嫉妬するくらい、お父様がお嬢さまにべったりでしたね。お水も、お嬢さまが差し上げると、お父様は、本当に嬉しそうにしていらっしゃいました。

お嬢さま、とても良い看取りをされましたね。
お父様はとても、うれしかったと思いますよ。

スタッフも見ていて、良い看取りだと、皆、言っていました。」



看護師さんが髪を洗ってくださって、すすぐ時に私と息子の方へ顔を向けた時、父の顔が、笑った。
枕の関係か、何かの偶然だろうけれど、ニコッと笑った。
息子と泣いてしまった。




こんなハッピーエンドが来るとは、思わなかった。
父は、私の心に、しあわせをいっぱい置いて行ってくれました。

短かったけれども、本当に素敵な介護ができました。
私にとって、とても大事な思い出ができました。


スタッフのみなさんが帰ったあと、私は、すぐに父の胸についたモルヒネのパッチを剥がして、睡眠薬と痛み止めの薬を、捨てた。


お父さん、もう痛くないよ。良かったね。


これからもずうっと、ずうっと
大きなお星さまになって私を照らしてね。


父がよくしていた仕草。
OKって👌してくれている気がする。
















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[2020/06/22 21:26] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(12)
お見舞いお断り
もう親族を呼んだらどうかと言う話になり、葬儀をコロナがあるから家族葬で、と言う話ならば、父の兄弟四人に連絡をし、


「コロナで葬儀は、内輪になるので、もし、お別れをしたいと思ってくださるならば、今のうちに…と、連絡を入れていた方が…」と、母に言った。


しかし、実際電話した母の話はこうだった…。


「もう、主人が、そろそろで…。でもね呉々も、お見舞いなどは…。もう大変だから。コロナですし、お互い様にしましょう。私の体調は……云々……。(ここが最も長い)で、もう皆大変だから、これで、もう、お知らせだけ。いえいえ、○さんがどうしても逢いたいと言ってくださったけれど、お断りしてるから。呉々も来ないでください。ええ、もう、それで…。じゃ。」


では、葬儀でお別れをしたいと思う人もいるだろう。が、家族葬になることも言ってはいない。
廊下で聞いていた息子が、私とダダを呼んで三人でこれを聞いた。息子は、寝室に母を呼び、母に意見した。




「おかしいよ。じいじがかわいそうじゃないか。


葬儀も来るな、見舞いも来るなってこと?!」
息子は泣いていた。





ごめん息子よ。




が、父のすぐ上の兄だけが、いとこと共にすぐ来てくれた。


叔父の姿が、父にそっくりで、私は不覚にも、泣いてしまった。
おじちゃん、みんな来てくださってありがとう。
そう言ったら、おじちゃんは私の肩を抱いてずっとずっと私の頭を撫でていてくれた。
帰るまでずっとずっと。


そして、父の手を握って、肩を撫でて、ちっとも帰らなかった、おじちゃん。


『さ、お父さんまたこよう。ね、また来るね。お父さん。』といとこがと促したが、おじちゃんは帰ろうとしなかった。




しばらく、父を撫でていた。


すると朦朧とした意識の父が、手を握り返したのだ。


おじちゃんは、頷いて席を立った。
すると、なんと、みんなに父は手を振った。


「dolceちゃん、これね、もうわからないかもしれないと思って、香りの良い花を選んで作ってもらったの。だから、おじちゃんの枕元に置いてあげて…。」
どうもありがとう。私の高校の先輩でもあるいとこ。




母はなぜお見舞いを断るのだろうか。


きっと、母には最後に会いたい人はいないのだなと、
私には思えた。


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[2020/06/22 20:44] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
そりゃ、草刈機だべよ💢
弟が帰ってきたせいで、毎日毎日、色々起こる。今まで関わらずに済んでいた人間たちが、父のことで、ひとつの空間にいる。


弟は、しばらく会わないうちに、「怒鳴る人」になっていた。


一流のブランド品で身を固めた顔は険しく、クソほど生意気で、家中を消毒し始めた。自分の思いどおりにいかない場所にティッシュが置いてあると、怒鳴り散らす初老のただの親父だった。


小さな男になっていた。


母は、弟を恐れ、けれども、喧嘩をし、家の中はひどい雰囲気になった。弟は、昔の母そのものだった。
二人とも、喧嘩がお好き。




オムツが無くなってきたので、ドラッグストアに行こうとしていたら、


「Amazonで買えばいいのに、今時、なんでも買えるのに、知ってた?すぐ来るのに。お姉さんなんてびっくりしちゃうんじゃないの?」


と高笑いをした。






私は、母をホンダに乗せて、外へ出して、歩かせたい。もしかしたら紫陽花が咲いているかもしれない。素敵なパッケージのシャンプーを買えば、母が髪を洗うかもしれない。父が、オレンジ、オレンジとうわ言の様に何回も言うので、オレンジを買ってきて、良い香りを嗅がせたい。表面を少しおろし金で削ってみたらきっと良い香りがすると思った。



「そんなの、農薬だらけに決まってるだろう!Amazonで、フランスのナチュラルのアロマを買おう」
って、また、Amazonかね?フランスのそのメーカーのオンラインページから買ったら、もっと安いぜと思ったが、言葉そ飲みこんだ。



馬鹿じゃないのかね。いちいち怒鳴るなよ。
なんでも、Amazonで、買ったら全部良いと言うわけではない。出かけさせることが大事。






「福岡なんか大都会だからさ、俺、こんな田舎じゃ退屈で退屈で。やることないな。やっぱり、横浜とか福岡がいい。よく住んでるよなこんな田舎。俺は、こんなところ、やだわ…。』


『お姉さんインド行ったんだって?お母さんから聞いたよ。インド俺も行ったけどさ、ホテルから一歩も出なかったよ。え?ホテル?ヒルトンだっけな?忘れた。全部ツアーだから。ビジネスの。高いやつ。でも、あんなところ二度といかない!最悪だったでしょ。気持ち悪いメシで、もう、全部最悪だったわ。』




『そうだねー。』
ワタクシは、腹の中で、爆笑しながら、平静を保つのに必死。
オメーみたいなトンチンカンの都会人にはそうだろうね…。






私は、ここ二日もお風呂に入れなかった。入ることを思いつきもしなかった。


それを言ったら、臭い臭いと言う。そうだろう臭いだろう。でも、入れない。四六時中、父が私を呼ぶのだ。
「おーい。」
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃーん」
「ああ、ああ、   それは、    あの   アレだな」
「そうよ、ご主人さま」(ハクション大魔王ね!)
「アレも、  よく見たな…。なあ、  好きだったな  」
それで、眠ってしまう。





一応、髪だけは、お向かいにある美容室で、理由を話してブローなしでササッと洗ってもらった。でも臭いだろうね。




弟は義妹に電話して、


「俺が汚い風呂を掃除して、みんな全員風呂に入れてやったよ…。気持ち悪くてびっくりだね。笑えるよ。」


と大きな声で上機嫌だった。


会えて良かったよ。弟よ。君と電話でやりとりをしていた違和感はこれだね。


ひとって、見たらすぐわかる。君は近づいたらヤバい親父に変貌していたんだね。君もこの家で育ったのだものね。


そうして、そうやって、虚勢を張って生きなければ、やっていけなかったのだね。私は、ダダのおかげで、家で静かに生きられた。でも、君は会社で働かなきゃいけないんだものね。これは、嫌われているね。見たら一発でわかった。


私は、この先、もう弟に、連絡するのは無理だと思った。君がなぜダダにヘコヘコするのか、わからなかったが、それは社畜だからだね…多分。


ごめんなさい、君は、お金持ちだろうけれど、とても貧しい。君はその鎧のような服や持ち物で完全武装しているけれど、私には、わかる。って言うことは、君の小ささは、みんな知ってるんだよ。


なるほど、と、思った。








弟は、父が呼吸をいるかどうか、たまに見に行く。
母と見ている。


が、タンが出て気になると、息を止めてタンを飲み込もうとする。
すると、母が、ベッドの柵に顔を埋めて泣きそうになる。弟も、脈を取る。


『あああああーーー』
と、タンを飲みこんだのか、声を出す。


「あ、よかった!!!呼吸が復活した。」
「少しアミノ酸を取らせると良く眠るかもしれない」



くくくッ(笑)



まるで、志村けんのコントのようだ。ありましたよね。葬式で皆が泣いていると、おばあちゃんが息を吹き返すってのが…。同じ事を何度も繰り返すのね(笑)





悪いが、ホントにおかしい(笑)


この二人は、「寄り添う」と言うことを一切しない。私には、動物の勘で、生きているかどうか、わかる。話して欲しそうな時には話す。でも、静かにして欲しそうな時は黙ってそこを去る。人がいると煩わしそうにする時もあるからだ。でも、黙ってていて欲しそうな時は、そこにいる。










そして、「弟さま」は、それに飽きると、
今度は、急に外が臭いと言い始めた。真剣に匂いの元を探す。







ガソリンを使った草刈機で、隣の人が、道の草を刈っているのだ。


「なんだか揮発性の匂いがする。俺、何か薬品を外にこぼしたかな…。」


『お姉さんみたいな、なんの役にも立たない私立の国文科と違って、俺、化学系だからさ。こういうのは、おかしいのすぐわかるのよ。』


いやいや、私には草のいい匂いがする。にしても50過ぎて出身大学の話なんか言うのって、だっさ。自分の人生のピークはそこですって人に多いパターン。







私は、可愛がってもらっている弟が幼い頃はうらやましかった。でも、小さな頃から全て思うがままに育つと、こんな風になってしまうのだと思ったら、私よりも弟の方が、気の毒なのでは?と思った。これでは、生きにくかろう。人生大変だろう。

人生トータルで見たら、「私の方が、しあわせかもしれない。」と、驚く様なことに気がついてしまった…。まあ、これも私の主観だが。。。





そう思えば…私は弟にこう言われたことがある。
『お姉さんは今すごくしあわせそうじゃない。いい気なもんだ。ダダの尻馬に乗って、何でもかんでもやりたい放題じゃない。いつだってダダと太郎が守ってるじゃない。お姉さん家族。みんなして、お姉さんばっかりいい思いしてるじゃない。』







それから、数年前も…。父が、一度佐賀県の弟の職場を見たいと言って、両親が、佐賀の弟を訪ねたことがあった。
私は、父に佐賀はどうだった?と聞いたら、一切口をつぐんでいたのが不思議だった。けれど、父は、色々見てわかったのだなと、私は思った。
『もう~、物凄い豪華なマンションで、会社に行ったら、休日出勤の人とばったり会って、その人が、部下だったらしいけれど、〇〇(弟)に、もう、平身低頭で挨拶してたわよ~✨✨』
とうっとり話したのは、アホの母。それを聞いていた父は、口を真一文字につぐんで、とても残念そうな顔をしていた。
あああ、アレはそう言うことだったのね。お父さん。
考えると、色々なことが一本の線につながる。










ああ、今、外で、草刈機の音が聞こえる…。知らないのだね。草刈機。笑える。ガソリンの臭いしかわからないかもしれないけれど、草の青い匂いが梅雨の湿った空気に漂う。



「なんだかうるさいから、窓、閉めて!早くして。これじゃお父さん、起きちゃうよ!」


大騒ぎ。草刈機🤣💦こんな物は田舎の日常の音。




起きやしねーよ(笑)







弟に会えてよかった。この人と真剣に電話でやりとりしていた私が馬鹿だった。このオヤジは、私とは違う人種…。










『なんだろう?この変な匂い??何か撒いてるのかな?』

でもクソの役にも立たない私立国文科出身のアホのワタクシは、





「あら?どうしたんだろうね、北朝鮮が攻めてくるんじゃね?」
とすっとぼけておいた。あははは。


ひどい口調で怒られた。
爆笑。(心の中で…)




ダメだこりゃ…🤣💦(ドリフ風にどうぞ!)

~今日、疲れているので添削なし。お目こぼしください。


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[2020/06/22 10:17] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
柔らかい雨
柔らかい雨が、茄子に降る。
葡萄に降る。
畑は潤う。

いちじくに、小さな緑色の実が付いていた。

久しぶりに無料猫カフェに寄った。「猫くん、猫くん」と呼んだら、みんな出てきてくれた。
鶏小屋の番をしている畑のそばの猫くんたち。








弟が九州から帰ってきたので、
昨日の晩に、一時帰国(笑)
自分の家に戻った。
なにしろ、先週の水曜に、少しお見舞いに行こうと思って、そのまま泊まり込んだのだ。
洗濯物も干しっぱなしかもしれない…と、心配だったが、取り込んであった(笑)
良かった…。


帰る途中、畑に寄った。

畑のピーマンは、実がたくさんついて、枝が折れそう。みんな採ってあげて、
すっきり。
茄子もしかり。
そして、採り時を逃したフワンボワーズが、黒くなって土に落ちていた。
ワイルドストロベリーも実が終わっていた。

唯一ありがたかったのは雨が続いていた事だった。
きゅうりが、ツルを伸ばして、天に向かって気持ち良さそうに葉っぱをたくさんつけていた。








家に帰って、喪服を出して、靴を磨いて、黒のストッキング、黒のパンプスを出して磨く。
麻のハンカチにアイロンをかける。


一応、袷と、絽の喪服を出して家の中に干す。黒の帯揚げ黒の帯締め、全部出して点検。
草履も出す。

雨かもしれないし、暑いかもしれないし、寒いかもしれない。
どうなるかわからないので、とにかく全部出して…。

冷蔵庫もそのままだった。息子が掃除をしてくれた。
全て終わったら、私は、泥のように眠ってしまった。


今朝、起きたら、家中が黒くなっていた。


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[2020/06/22 07:42] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
雪溶け
朝の、私と父の二人の時間


「今日は、お前が、今そばにいてくれて…、本当にうれしい。ありがとう。」
「お父さんのお世話ができるのは、しあわせですよー。」


『俺は…。大いに…。うれしい。』


私は、熱のある父の胸に顔を埋めて、わからないように泣いた。


すると父は


『うれしい…』


『うれしいなぁ…。』



と何度も言った。





私は小さな頃のように、父の胸で気づかれないように泣いた。




この数日、この病の床で、父から、いっぱいの愛情をもらった。こんな長く一緒にいられて、私のずっと疼いていた心の奥の冷たい固い氷のような寂しさが、柔らかく溶けていくような気がした。








~~去年の薔薇の季節







しかし、その晩から、容体は悪化し、この夜はほとんど眠れなかった。父は今までになく呼吸が苦しく、辛いという。朝まで、寝たり起きたり…。でも、朝方、私が布団を持ってきて横に寝たら、安心したのか、寝息が聞こえて来た。









そしてまた朝がきた。

とうとう恐れていた、癌性の痛みが起きた。手を振り回して、痛みを追い払おうとする仕草。意識があるのかないのかわからない。たまに目をカッと見開いて、意味のわからない何かを言う。


『もう、帰りたい。もう同じ事の繰り返した。こんな事は意味がない。もうなにもしないでくれ。もう嫌だ。』

『もう、やめだ。全部やめてくれ。』

『終わりだ。』


と、父は、うわ言を言った。普段絶対弱音を吐かない昭和一桁のひとの言葉に、冷や水を浴びせられたような気がした。
苦しそうな顔。脈絡のない事を話し始める父。



『大丈夫、一緒についているから。お医者さまを呼んだから。もうすぐ来るからね。がんばらなくていいから。』




しかし、昼間に母が電話して医師を呼んだが、ケアマネ経由だったためか、何かの手違いか、2時の往診は来なかった…。
私が直接病院に連絡。夕方になってようやく医師が来た。






即効性の薬を、使った。すぐに楽になったようで、痛みで強張って歪んでいた顔が緩んだ。


少し、眠る。


私もひと休み。










夜になり、ダダと息子が来た。


ぼんやりと起きていたので父に声をかけてみた。すると、こう言った。

『こんなに皆が集まったんだから…、アレが食べたいな。ほら…みんなで、ジューって焼いて…食べるの…。ほら、あのジューって。』

『お父さん焼肉だね!』

『ジューって焼いて、アレは、美味しいなぁ…。』

『ね。美味しいね。みんなでよく行ったね。』

『ああ、よく行った。』





上を見たら、肩を震わせて息子が号泣していた。

そしてこんな話を始めた。

『じいじ、小さい頃、宿題しさないと言われて…。僕は、僕は…じいじの部屋で宿題をしてたんだけど、勉強が嫌で、じいじの机で竹トンボ作ってたら…。そしたら…じいじが来て…。見つかって怒られるかと思ったのに、「あははは、サボってるな~」と、笑ってくれて、一緒にやろうって言って、竹トンボ作って遊んでくれたよね。じいじ、あの時、僕、宿題しなくてごめんなさい。今は、勉強をしっかりやってるから心配しないでね。』




『いいんだよ。お前は…社会人になるんだな。立派になれよ。会社は…競争も…ある。でも、自分に負けないって気持ちでなぁ…。 じいじもこれ(病)に負けない…。唇をギュッと閉じて、     今、頑張れば、きっと良い世界に行ける…。頑張れば、    絶対良いことがある。負けるなよ…。         
   あ、アレは、Em7のコード…。     わかったか。    家に帰れて良かったな…。』




もう意識が混濁している。


息子も泣きながら、ハグしてもらった。


痛み止めと強い睡眠薬で、ようやく痛みから解放されて、すやすや眠っている。







月曜日にはモルヒネを準備してくれるという。








湿布のような貼り薬は一週間効くそうだ。これで、土日、痛みが取れたら良いのだけれど。

「でも、あまり辛かったら、睡眠薬を足してください。でも…、それきり、という事も覚悟で、睡眠薬は使ってください。もう、痛みに耐える必要は、ないです。もう充分がんばりましたよね。」

月曜日にモルヒネを使ったら、話はかなり制限されるそうだ。ぼんやりするそうだ。
でも、耳は最後まで聞こえるという。

「意識がないように見えても話しかけてください。きっとわかっていますよ。」



でも、もうたくさんのお話ができて、一緒にいられて、私は、悔いはない。


しあわせな時間を過ごすことができました。
この体験は、私の心をきっと溶かしてくれるでしょう。
これから生きるための、大きな勇気になるでしょう。

「自分は父には愛されていた」やっと、魂の底からそう思う事ができました。しっかりわかりました。
こうして肌に触れて、声をかけて、寄り添ってみたら、父は、本当の私を、わかってくれました。私に笑いかけてくれるようになりました。



すやすやと眠る父の温かい手。


情けない自分は、ようやく「甘えた子供の尻尾」がポロリと取れたような気がします。




人間万事塞翁が馬。


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[2020/06/20 09:01] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
冷たい緑茶はいかが?
スポイトでお茶を父の口にポタポタ入れる。



キッチンで弟と母は電話をしている。






父と私のいるリビングのベッドは平和だ。


『お父さん、お茶、氷を入れました。今度は冷たいですよ。』

『ああ…。美味しい』

『それは良かった。』

『値段は同じか?』

『いえいえ、先程よりも…多少…いただきますよ。冷茶は、500円です。ホステスも美人なので、追加料金になりますが、いかがいたしましょう?』

『ああ追加か、ずいぶん美人だな…。』

『左様でございますか?うふふふふ』

氷の入った緑茶を、スポイトでポタポタ…。






受話器を持つ母が、声を荒らげた。

何か言い争いが始まったのだなぁ…。









『ああ…。美人さん、そこを閉めてください。それで、[お父さんはもう寝たいから、電話をやめてください」と言ってきて…。行ってきて…。』
『はい。』


母に再三言ったがまるで、耳に入らない。





『あの、男も(弟)お天気屋さんでな…。俺は…。ああ、でも俺とお前は、なんだか似てるようだな。最近お前の言動を見ているとな、お前の言ってることは、まるで俺の言おうとしていることと、…いつも、おんなじで…。お前の考えは俺の思う事と、いつも同じで…。…。』







『あらそうですか?本日のお支払いは、32000円でございます。』


『馬鹿に高いなぁ。この店は…。つけといてくれ。』(笑)
(笑)『あはは。では、ごゆるりと。』





大人になってから、こんな気持ちは初めて。。。
こんな風に父と心がつながれて…。

私の心に温かいものが流れるのをこの家で初めて感じられた。


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[2020/06/19 11:04] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
父を看る
実家から呼び出し。
父の具合が悪いという。
ケアマネが来た。

私は別室に呼ばれて話をされた。
母は父のおむつを二日も替えていないという。
いつも自分ではおむつを替えないという。
介護スタッフが変えるまで放置だそうだ。


ひどいおむつかぶれを見て、悲しかった。




私は、情けないやら、哀しいやらで、恥ずかしながら、ケアマネの前で、涙が止まらなかった。



母は父の枕元で、
『介護って、壮絶よ。ものすごく大変だから。』
と言ってのけた。

父も聞いているのに。



もう、このままには、しておけない。
実家に泊まり込んで、父を私が看ることにした。
ダダと息子も一緒だ。




もう、母のことなどどうでも良い。
何を言っても、もう、聞かなければ良い。






父の冷たい足をマッサージした。おむつを変えた。お水を飲ませてあげた。
タンをとってあげた。


驚くことに、私の心にしあわせがあふれて、とても温かい気持ちが溢れてきた。
こんなことができるのが、とても、うれしかった。

不思議ですが、
痩せてしまった父の体に触って、お世話できることが、
私には、とてもしあわせです。




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[2020/06/17 22:54] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(6)
お前がしっかり…
土曜に、実家に見舞いに行った。
ピンポンしても誰も出てこない。
仕方なくそのまま「こんにちわ」と言いながら部屋に入ると、ヒソヒソ話がサッと止んだ。


「お父さん、来たよ…。」
『ああ、ありがとう。』






来たばかりの私に、唐突に父がこんなことを言った。
『おい、dolce、日本郵政の株が多少あるけれど、アレは売った方が良いのかね。』






その時の、弟夫妻と母の凍りついたような顔。一気に場の雰囲気がサッと変わった。
父よ、何故いきなり、私にそんなこと言うの?


『どうだろう、dolce。』


え??


『日本郵政の株…。どうしたもんかな。』


は??


『ああ、お父さん日本郵政って郵便局ね?(笑)そんなの売買のことなんか、ワタクシに聞かれても、あははは…。』


母を見たら、皆が苦虫を噛み潰したような恐ろしい引きつった顔をしている。


『とにかく、dolce、お前が、しっかり、どうにか…な。おい…お母さん、分かったか?』


え???


その時だ。急に、弟夫妻が、憮然として席を立った。


『は~。そろそろ帰るわ。』
オロオロと母が席を立ち、弟を追いかける。弟は無理に私と息子の前を通って、私が「遠いところからご苦労さま」といったのを、無視して去っていった。
何??これ??


挨拶もしない。口も聞かない弟家族。


これをすぐ横で見ている父がどう思うか、考えているのだろうか?ここは、父の気持ちを一番に考えるのが本当ではないだろうか?
父を不安にさせてどうする。


なにを怒っているのかわからない。
機嫌が悪いという人は、甘えていると私は思う。黙っていて、機嫌が悪い。相手が察して傷つくのが愉快。相手に罪の意識を持たせて自分が上なように感じる。罰した気持ちになる。これは母と同じではないか。
残念だ。



こんにちは、と言ったら、こんにちはと言うのが、大人。っていうか、子供だってできるでしょう。誰のためのお見舞いだろう。父に心配をかけるのがわからないのだろうか?
…それ以上に私が憎いのか?






人に対して不満がある場合、まず、相手にも何か事情があるのかもしれないと思う事。そして耐えがたい実害がある場合には、


『私は、あなたにこうして欲しいのだけれど。もし無理なら何故できないのか、教えて。』


と、Nice and neat に、尋ねる。お願いしてみる。それができないだけでこんなに人間関係はこじれる。ただ、そういえば良いだけなのだ。感じよく。簡単ではないか。






私が悪いのかもしれない。私って、ものすっごく悪いヤツなのかもしれない。


でも、「無視して、口を聞かず、不愉快な顔をして、相手を、不安にさせる」というテクニックを使うのがこの家の伝統芸。そうなんだ。


考えてみたら、弟家族とは、もう二十年も、お正月に会ったり会わなかったり…。数年に一回くらいしか会っていない。
義妹とは、ベイスターズの話題でLINEでやりとりするが、それ以外は、お付き合いというお付き合いはないに等しい。
心当たりはない私は、馬鹿なのだろうか?


もう大声で泣きたい。


何故、この家は、こんなに嫌な気持ちがいっぱいなの?


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[2020/06/16 18:07] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
反対側から見てみよう!
私は、月をとってくれろと、泣く子だ。
一茶も、笑っているよ。


あの月は、手に入れることはできないの。なので、泣いても騒いでも、叶わぬ夢。諦める諦めるって言っておいて、この根本がどうしても諦められない。


~今日、息子とダダと、三人で、長い話し合いをした。


父はもう死ぬのだ。諦めざるをえない。ここに来て、ヘロヘロの父を責める気持ちは湧かず、父も精一杯生きたのだと、『諦めた』
昭和一桁の企業戦士。家のことは、任せっきり。そういう時代でした。




親には、「命を貰ってありがたい」とだけ、感謝しよう。それだけでいい。
ええい、もう面倒だ。親には、ありがとうと唱えておこう。そうしたら、そんな気分になるだろう。残念だった。ガッカリだったとたまには思っても良い。

そうよ!たまには思っていい。


良く考えてみて!
もう私に怒鳴る人もいなくなるのよ!私に訳の分からないことを言ってくる人もいなくなるの。母とは、もう連絡を取ることもないです。


父には、ありがとうと心で唱えていればよし!!もうこの際、私の気持ちが通じなくても気にしない(笑)いいではないか、それで。私は、父には母よりも愛情をかけてもらった思いがある…だから、そこに感謝しただけ。もう一方通行でよし。ひとの気持ちを操作はできません。






私には、ピアノがある。ベイスターズがある。平野歩夢くんがいる。お馬さんがある。そしてたまに海外脱出しよう。そして、お庭も畑もある。薔薇園のボランティアも来年は、きっとできる。洋服を作って着る愉しみがある。着物がある。お花の教室も行ける。お花を飾って良い気をいっぱい吸い込んで、生きよう。




息子も就職が決まった。これはすっごく安心。神さまありがとう!
そして、良いホームドクターもさがせた。もう私は、がんは見つけないで生きる。闘病はしない。父のように末期の末期になって気がつくのが一番しあわせ。心臓と腎臓だけは気をつけておきますけれど。癌は探さない。




でも、基本もう何にも考えないようにしよう。あの家が無くなればそれができるではないか!?


私は、馬鹿だったのかしら?
もう、この苦しみは、終わりじゃないですか✨!?


そうじゃん!




そう、私には、ダダと息子と自分の命がある。それで充分。



たまには着物の写真(笑)春の写真です。




これから、私の第二の人生の始まり!✨


反対側から見たら、そういうことです。

早く切り替えた方が勝ち。私の人生だってもうそんな長くない。時間の無駄遣いはやめよ。でも、悲しい気持ちは、ちゃんと出して、整理してから。
これって難しいけれど、私は、やらなきゃ。




だって、これからは、愉しいことばかりじゃない?😃👍
この苦しみは、もうおしまいだもの。


もう私の人生の悲しいことはおしまいなのよ!✨





去年行ったローズガーデン。
来年は行けるかな?


これからは、きっと愉しいよ。
苦しみは、もう終わるんだよ。

あとは全て弁護士に。


🦋これが家族会議での決定事項でした(笑)


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[2020/06/13 19:30] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
そうかそうか
実家にお見舞いに行った。



父は起きていた。






母は、見違える様に元気だった。






父が、点滴の中身を看護師に聞いて水だと言ったら、点滴をしないで欲しいと言ったからだ。
点滴をしたら、浮腫が起きる、床ずれが起きる、そしてそのお腹に溜まった水を抜くのは苦痛を伴う。
でも、その代わり、数ヶ月は生きられるそうだ。






しかし、点滴をしなかったら、一週間か、二週間。そのまますんなり亡くなるそうだ。それを先生に確認して父は点滴をしない選択をした。






そして、他人にお風呂に入れてもらうのが嫌だと、それもしてもらっていない。車椅子も持ってきてくださったがそれもいらない。外にも出たくないと。
そのまま早く逝きたいのだろう。







母はもう食事の心配はない、生活で介助することはない。晴れ晴れとした様な顔をしていた。






そして、父は、私の目を見ない。






何故かわからないが、私の息子には笑顔を向けるのに。


私の顔を見ない。






良く解釈すれば、悲しいのか…。


それとも…。






母に色々吹き込まれているのか。


私はするべきことはした。


でもね、人の心を操作することはできないのだよ。
死の床で、母から私の悪口を聞き、どうしようもない娘だと、そう思って逝くのだろう。








少ししたら、父はうとうとと眠ってしまった。






帰ろうとして、


『お父さんが少しでも快適に過ごせますように、毎日祈っています』



と書いたものを封筒に入れて、そばにおいたら、


父は、ふと目を開けて一瞬、顔を歪めた。






電話も嫌なら手紙も嫌なのか。それとも、


笑ったつもりが、作り笑いになったのか、


わからない。






けれど、最後まで私の目を見なかった。


<
そうか、そうか、と心の中で、何度も呟いた。








そうなんだよ。私を嫌いなのかもしれないね。
どこか痛いのかもしれないね。
身体が辛いのかもしれないね。


どれだか、わからない。




黄色の信号が目の中で滲んでポロリと頬に落ちた。


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[2020/06/13 08:35] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(2)
父、退院す


今日父が退院しました。ホスピスではなく、お家に帰ることができました。



私は、お花をあげたくて、農協へ…。
奇跡の様に農協にまさかの蘭が売っていました。四本で、お花は20個以上も付いています✨






この蘭、1100円。驚くお値段。




そして少しかわいいダリアなども買って家のスモークツリーと、葉蘭などをアレンジして、大きな花かごにおさめました。



そして、父が病院から出てきた時に『退院、おめでとう!』と、笑顔で渡しました。父は、声を振り絞って、ありがとうと、言いました。




蘭はお見舞いには最適です。香りもなく、ものすごく長持ちします。以前お花屋さんから勧められて、とても良かったので、こういう時には、蘭を選ぶようにしています。
が、今日は、こんなにお手頃に手に入って!とてもうれしかったです。滅多に置いていないのです、農協には。
私は、季節の赤い薔薇をたくさんぎゅーっとブーケにしようと思っていましたが、蘭の方が安かったので(笑)蘭にしました。素晴らしい✨農協!!



このアレンジは、病床の枕元に置いて、元気が出る様にと、パッと明るいアレンジにしました。生命感溢れる、強いアレンジにしました。









車椅子で出てきた父は、顔色は青白く表情もなく、ぼんやりと正気のない表情でした。


息子は、就活のスーツに最終面接にした父のネクタイをしめて、行きました。
『おかげさまで第一希望の会社に内定を頂きました。』と、報告しました。
父は、うなずいていました。

そして、息子とダダと私、それぞれに父に手紙を渡しました。



もしかしたら、薬でぼんやりしているのかもしれません。話ができない様子でした。






父はなんだか、この世の存在ではないようでした。もう、残り少ない時間しか与えられていないだろうことが、分かりました…。覚悟をしなければいけない。そう思いました。
私は緊張しています。『その時』が来ることが、どんな風なのか。悲しいだけではない、恐ろしく、怖い、けれど、父を思うと少し温かいような、なんとも言えない気持ちと、緊張感が「覚悟」と共に、今、心にあります。











病院の出口に付けた介護タクシーに載って、車椅子をしっかりと固定してもらって、クルマがゆっくり出て行きました。

その時です…、クルマが出るその時に、父が大きく右手を上げて私に向かって手を振りました。大きく大きく手を振りました。見えなくなるまでずっと、窓いっぱいに手を振っていました。


スモークガラスの後部座席の父に、気がついた私。

『お父さんが、手を振ってる!!』

『ああ、本当だ!じいじが、手を振ってる!!!』

力を振り絞り、手を振った父。




皆で、いつまでも大きく手を振って…。


見えなくなっても、


手を振って、見送りました。






お父さん、お家に帰れてよかったね。
本当に良かった。


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[2020/06/08 14:19] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
ケアマネに言われたこと
母のことでケアマネから連絡が来た。

母から突然、気分が悪いと、電話があり、来て欲しいと言われ、病院に連れて行き、食事をしていないので、昼食を用意して持っていってくださったとのことだった。




そして父の様子を聞こうと電話を入れると母は父のことは話さず、『ご自分の体調を説明なさいます。』とのこと。



介護とは、ある程度病状が安定している方で支援が必要な方に対するもので、今、緊急に医療の力が必要な方に対応するものではないと、何度も説明しましたが、こういうことが続いていて困っているとのことです。
そしてケアをしていただいているチームは父への支援であって、母は関係ない。と仰った。私は、それは当然、理解している。ただ母は、そうは思っていないそうだ。









「2、3お話しておかねばならないことがあります。」

と私は切り出した。

まず、母は、病気を探してドクター・ショッピングをする『心気症』という精神の病を持っているということ。

もうひとつは、私は母に虐待されて育ち今でも心的外傷で通院していること。で、今、再び母の言動で私は苦しんでいること。






すると、なんとケアマネは、こういう連絡を私に入れないように配慮してくれるとのこと。そして、私に負担をかけないようにするので、安心して欲しいと言ってくださった。お嬢様は、一切関わらないで大丈夫です。





なんということ…。





そして、ダダが九州にいる弟に連絡を取り、今回の父の退院に関しては弟に対応してもらうことで、話がついた。ダダはこれ以上、お会社を休めないからだ。







ケアマネは、『お母様のご様子では、娘さんは近づかない方が良いです。非常に不安定です。正直トラブルもあります。私たちもお母様を刺激をしないように配慮しながら話をする様にということで情報を共有して対応しています。お嬢様は、ご自分の健康を第一に考えていただいて結構です。プロの私たちが対応します。』
と、おっしゃってくださった。



なんとお礼を言ったら良いか、わからないくらいだ。


話ぶりでは、ソーシャルワーカーの方などにも何か失礼なことをしているのだろう。怒鳴ったり、倒れるふりをしたり…。病院に連れて行っていただいたのも2回目。しかも時間外でご厚意で対応して頂いている。




「なんとも情けなく、申し訳ない。」



そう言ったら、それは、心の負担になるので、考えなくて大丈夫です。私たちはプロですので、そのような方の扱いもありますので、安心してください。と、おっしゃってくださった。






ただひとつ、父に対して、母がきついことを言っているということは、言えずじまいだった。…辛くて言えなかった。







弟は、九州から今日帰ってくる。


ダダは、この問題からもう私は抜けて良いと言う。弟にもそう話すと言う。


確かに、これ以上は、私には無理かもしれない。
自分を壊してまで、やる必要はないと、息子に言われた。







今まで積み上げて来た、小さな幸せの貯金をここで噛みしめよう。あるものを数えよう。

「かあたんは、ここは、逃げなきゃいけない。これ以上やると、自分の人生までめちゃくちゃになるよ…それはダダは望んでいない。」






「あとは、すん子(幼なじみの弁護士)を入れて、財産を洗い出して、ぴったり分けておしまい。全てお金で解決する。それで、もうおしまいだよ!大丈夫。」

~母は自分の実家との遺産で大揉めに揉めて、絶縁しているので、それを見ていた私は、遺産相続が恐ろしいのだ。


もう、絶対に関わらないで良いと、思ったら、少し今日は心が落ち着いた。


家族に、そしてケアマネージャーそしてお世話をしてくださるみなさんの温かい気持ちに感謝しかない。

本当に、ありがとうございます。



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[2020/06/04 17:40] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(4)
ラーメン屋土下座事件
「謝れ」


恐ろしいほどの冷たい私の低い声。




父の点滴を待つ間の母の言動に、私は情けないやら、馬鹿馬鹿しいやらで、頭がおかしくなりそうだった。
母は無表情でノロノロと席を立ち、すみませんでしたと、震える声で謝った。


本当のこと。
ベタベタのラーメン屋の床に這いつくばって、母は謝った。




母は、弟からこんなことを言われたそうだ。
『いつもお姉さんを憎らしいと言っていた。拾ってきた子だから、いつかは孤児院に入れる。』としょっちゅう言っていたと。
それを謝るどころか、二人で結託し、嘘をついていると言った。ああ、もう、それはいい。


母は、今、また、父の介護でストレスがかかって、私に怒鳴り散らす。私ばかりか、ダダにも。もう二度とやめて欲しい、昔と同じ怒鳴り声。


父の腫瘍マーカーは標準値の10倍。それはそれは具合いが悪いだろう。その父に、寝てばかりいて!何を作っても食べない!!また粗相をして!いい加減にして!!と、怒鳴り散らす。
頼むから、お願いだから、やめてくれ。


ダダが、「じいじがかわいそうだ、ばあばは、冷たい。」と言った。
言い訳をくどくどと言い始める。聞きたくない。意味不明。私はそれを遮って、思わず静かにこう言った…。誰かが乗り移った様な、自分でも恐ろしいような声だった。


「謝れ。」



母は土下座した。




その後、言い訳を繰り返す汚い老婆の口。


弟が、母を支えるのは無理と言った。九州から電話をかけて励ましていたが、もうそれも、無理と言ったそうだ。


昨日、父が緊急で受診を勧められて、行った病院。
何を持って行ったら良いかと電話で、聞かれたので、そのまま入院になっても良いように準備して心づもりしていくと良いかも、と私は言った。
すると


『そんな人を脅かすようなことをぬけぬけと!!あなたは意地悪!!!入院なんて、そんなひどいことを!!』


と、騒ぎ始めた。


でも、診察の結果入院だった。








当たり前。
私は、これからどうなるのか分かっている。浮腫が出て腹水が溜まる。床ずれが起きる。痛みが出て、モルヒネを使う様になるが、薬の相性があり、大変。骨に転移したら、放射線で痛みを取る。自宅で点滴をするだろう。足がパンパンにむくみ、歩けなくなる。
乳がんだとそんなところ。
これから行く場所の地図を持って行くか、それともまるきりなんの情報もなく彷徨い、突然いろいろなことが起こってきて対処にあたふたするのか、どちらが良いかは、言わずもがなだ。
でも、母には教えない。




私は、自分を守るために。自分と家族を守るために。
私は聖人君子ではない。


~さて、診察。
医師からこれから起こる事の説明があった。私のさっき書いたこととほぼ同じ。
ところが、母はさっぱり聞いていなかったそうだ。もう一度教えてほしいと言われたが、私からは言わない…。
ダダも黙っていた。
そしてホスピスの話も出た。
でも今のコロナの関係で、一度入れたら、二度と会えませんと言われた。


診察が終わって、ホスピスをググッたダダの携帯を食い入るように覗き込む母。
『空きはあるのかしら?』
『ダダ、私わからないから、申し込んでくれる?』


その醜い猿のようなシワだらけの青白い老婆の横顔…。

まるでテレビ画面の様に不思議に感じた。



大病院のこの冷たく薄暗い待合室。響き渡る声。ガチャンと大きなドアを閉める無機質な音。大きなCTの不気味な機械。ストレッチャーで運ばれる人。点滴の匂い。白い服を着た看護師。白いサンダル。足早に歩く人たち。椅子に座った無表情の患者。カチカチとなるボールペンの音。名前を呼ばれ、立ち上がる人。


介護がいやで、夫を早くホスピスへ入れてしまおうと考える老婆。


父の前で平気で葬儀の相談をする人よ…。


これは現実なのか?


~このブログは読者を想定しない自分の記録です。お目こぼしください。






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[2020/05/29 18:14] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
顔のシミ





父の介護が始まり、たまに父を見舞うと、母にも、会う。

母は私の顔を見てこう言った。
「白髪がいっぱいで、顔もシミだらけ。あなた、太ってて…。少し痩せたら?。。。苦労した顔してる。」


「いいの。これは、私の顔だから。このシミだって、かっこいいじゃん。」
母は、黙った。
人の外見を、そんな風にいう薄っぺらの気持ち。この人はかわいそうな人なんだと思った。


~~~~~~~~~~~




一番悲しいことが起きている。父と母が喧嘩をしているのだ。
最期の時間になるに違いない今、喧嘩を…。


この家族の問題の原点はここなのかもしれない。両親の不仲。


母は今、癌のターミナルの父の『痛み』をわがまま、神経質、こだわりが強いと非難する。聞きたくない言葉が並ぶ。もしかしたら、もう愛情をもらえない父を見切ったのか…。それは、あまりにも悲劇。
母は父を愛していたのかさえもここに来て謎。もしかして、愛して欲しいだけで、母は父を愛していなかったのならば、こんな悲劇があろうか…。


今ここに来て、ここまで来て、喧嘩…。そして、施設?ホスピス?に入れてしまおうと弟に頼んでいるそうだ。



弟が探すと言い始めたら、それまで塞ぎ込んで寝込んでいた母は突然生き生きし始めた。今度は父が恐ろしく険しい顔をしている。私に当たる。





私は、この家に振り回されて苦しむのはやめよう。
もうお終いにします。


誰も憎まず、静かに生きたい。
そして一番大事なのは自分を守ること。





私は、今迄通り、生活していけば良いのです。毎日をずっと同じように中庸の気持ちで過ごす事は、実はとてもとても難しいことですよね。



そうして夜になったら、お星さまに祈ってみましょ。

『父が、大事な一日一日を、健やかに
愉しく過ごせますように.**’✳︎☆✴︎-.,:*★※✴︎”』
それで良い。






青い鳥を探そう🐦



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[2020/05/19 14:25] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(2)
経過観察?
PCR検査は陰性だったそうです。
ほっとしました。


けれど、しばらく経過観察をすると言われました。何故だろうと思いましたが、言葉を飲みこみました…もう、任せるしかないのですから…。



症状が出たら、再び検査をするという、
なんともグレーな、感じです…。



退院が伸びそうですが、早く病院を出た方が安全かもしれないとも思ってしまいました。



急患は絶え間なくやってきます。
それが、のちにコロナの場合もあるのですね…そして、院内感染のようになるのですね…。


医療関係者は、対応にオオワラワです。
感謝しかありません。





ジューン・ベリーが咲きだしました。
花盛りのお庭。

これから、父の闘病が始まります。余命宣告、命のカウントダウンが始まりました。
悔いのないように過ごしたい、それだけです。

大丈夫です。


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[2020/04/11 06:29] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(4)
遅れる検査結果


おはよ、みんな。






あら、こんなとこにも。
おはよ。



検査の結果が送れてるんだよ。



だから✨愉しい事探しましょ。




藤がね、咲いたの。







壁一面に、ゆらりゆらりと咲く藤の花よ。



本当はもっと咲いているのだけれど、ご近所のおうちがバッチリ写っちゃうので(笑)全景は載せられませんが…。





今日は、犬友とお馬さんに行って来ました。


新芽をふいた雑木林。私たちが「軽井沢」と呼んでいる道…ここを通るのは何よりの心の贅沢です。十分で着きます!



あ、「長野」って呼んでる道もあるんですよ。うふふ。



白いお馬さん、パンタレイさんに初めて乗りましたよ。


神さまは、一番良い道を私に選んでくれると思っています。

大丈夫です。




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[2020/04/10 17:03] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(2)
父、PCR検査を受ける
胃がんの手術後、ICUに入った父。その前にその同じベッドを使っていた人がコロナの陽性反応が出たそうで、父もPCR検査を受けるという。



結果は二日後。



なんだろう。このザワザワ感。




これは現実なのかしら?



この知らせは、現実なのかしら…。



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[2020/04/08 18:23] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
父、倒れる


父が倒れ、ICUに入っています。
上は、いの一番に言葉を送ってくれた友人。
そう、今日は、今日の心配だけしよう。それ以上は心のキャパを超えるもの…。

一番辛いのは…。
コロナで、もうこれ以降は何があっても面会できないそうです。



おいおい泣きながら、私は、言いたいことは全部言ってきました。
『お父さん、ねえ、中学生の時、冬の寒い日。高熱のお父さん、ネクタイをしめて、会社へ行ったよね。フラフラで。』
『今日の仕事は絶対休めない。大丈夫だ。』
それだけ言って出て、行った。六本木の本社へ行くという。寒いのに…。
その姿を見て、私は、尊敬したよ。と。私も、仕事って責任持ってこんな風にやるんだって、ずっと真似しているよ。と。
そして、大好きだよ。
と、言ってきた。父は、笑ってくれた。

息子も、内定が取れたよ、と言った。笑ってくれた。




次にいつ会えるか、もう分からない。
でも
「トマトを植える時期には退院するから。」
とはっきり言った。


手術室に入る時、息子が目を真っ赤にしていた。







手術は無事に終わった。意識も戻った。

術後の説明で、トレイに入れた切除した父の内臓を持ってきた執刀医。
切り取った内臓を指しながら説明が始まった。

胃にできた癌が、胃を突き破って膵臓を半分溶かしてしまっている。残っている膵臓もほぼダメだろう。胃は全摘して、管で繋いでいる。もうお腹の中は全部癌が浸潤しているでしょう。ものすごく大きな血の塊がありました。長く出血していたようです。


話を聞いていたら、息子はみるみる顔が真っ青になって、部屋を出てしまった。
「ごめんなさい。僕、気分が悪くなっちゃって…。」
後を追いかける私。『吐き気がするならすぐお手洗いへ行って…。』
『ごめんなさい。』
大丈夫だよと、息子の背中をさする私。



手術の説明って、こんな感じなのね…。びっくりしました。





ストレッチャーに載せられた父は私の顔を見たらこう言った。

『これは現実か?』
『そうだよ、お父さん、悪いものはすっかり取れたって!大丈夫だよ。』
『ああ、そうか。』



昭和10年生まれ。八十五歳だ。



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[2020/04/08 18:00] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(8)
私は、遺産が、欲しかったんだ…
昨年末に、母に電話で、めちゃくちゃに怒鳴られた。ガチャン!!と思い切り電話を切られた。
もう三か月近くになるが、なんだか、母が、実家が遠くに感じる。これは今までにない感覚。
物理的にではなく、精神的に、もう遠くにあるもののように感じる。
もう、会うこともないのではないか…とうっすら感じる。




それと共に、あんなに心配していた遺産相続のことが気にならなくなった。私は遺産相続にこだわっていた。
なのに、今は、その遺産を欲しいとも思わなくなったのだ。




何故だろう…。



今は、「遺産、いらない」と、思えるのだ。
弟に遺産が全ていくのが、あんなに辛かったのに…。







幼い頃から弟は、なんでも手に入れていた。天体望遠鏡、高額なマニア向けのラジコン…。中学生の時は、何十万もする自転車…。部品を買って組み立てる自転車だ。

私には、折り紙ひとつ買うにも、風呂掃除や、洗い物などを約束させられた。が、いざ手伝いをすると、やり方が気に入らないと、散々怒鳴られ腕を掴まれて外に放り出される。日暮れになっても、外で過ごす。つかまれた腕が痛い。擦りむいた足が痛い。泣きすぎて頭がじんじんする。

そんな事が重なって、いくら子供でも、物をねだる事はやめるようになった。
欲しかったお人形…。本当に欲しかった。
皆が憧れた着せ替えのできるお人形。
クリスマスが過ぎると、お友達はみんな、プレゼントのお人形や、おもちゃのお化粧セットを持って集まる。



私は、つまらない普通のリップクリームだけだったり、何やら毛糸だったり…。そんなものをもらっていたが、それを、大事に持っていくのだ。



友人のお人形が気になる。
「ね、貸して」


うっすらと色のつく小さな口紅。キラキラのピンクのコンパクト。
「ね、ね、少しだけつけさせて」



シツコい私は、みなに嫌がられた。
「○ちゃんは、もう帰って!!!」


逃げるように玄関を出た。



惨めな気持ちで帰る道。

咲いてた椿の花。赤い花に心惹かれた。
幼心にきれいだと、思ったのだろう。
手にとったら、少し気が紛れた。夢中になって何本も折って持って帰った。






家に帰ると、機嫌の悪い母が鬼の様な顔で待っていた。






「何??こんな花!ママは大嫌いなのよ!椿。汚いから捨ててきなさい!早く!!捨てて!!!もう帰ってこないで!!どこかへ行っちゃって!!!」

「○○、お片付けしないで遊びに行ったでしょう!!!!いい加減にしなさいよ!!口ごたえは、絶対許さないから!!早く!早くしなさい!!!」




















気がついたのだ…。


「遺産、それは、私にとって、親からの愛情の形だった。」



なんという事!





お金が欲しいわけではなかった。愛情が欲しかったのだ。

お金が、愛情が、弟だけにいくのが、辛かった。あんなに可愛がられた弟が、また親の愛を独り占めするのだ。
遺産は、弟と、きれいに半分こにして欲しい、私は、何故か、そこに、すごくこだわっていた。













でも、母の愛情が絶対に私に得られないと、さすがに、今回、心底わかったら、不思議と、遺産の行方がどうでもよくなった。


「これは…、」と思った。

遺産はお人形と同じ。望んでも無駄。嫌な思いをするだけ。
でも、私は今、自分の力で買うことができるのだ。なのに、親に買ってもらう。それは、愛されるという儀式なのだ。それは、埋められない心の穴を埋めてくれると無意識に思っていたのだなぁ…。





いまだにされる言葉の暴力。関わらなくて良いならばそれはもうなくなるのだ。

心のカラクリがひとつ解けた。あの時のように、惨めな思いはしなくて大丈夫。自分の力で立っていられるから。自分で好きなだけ買えば良いから。
兄弟は平等ではないのだから。





老後は、私とダダで蓄えたもので、スッキリ気持ちよく生きていくという思いで、かえって自分が心強い様な気持ちになった。

健康に気をつけて、自分の家族に感謝して、そうして、ピアノ教室ができる事、一緒にお馬ができる事に、感謝して、毎日しあわせを探して生きていけば良いのだ。

そろそろ気付けよ、自分。諦めろ!(笑)青い鳥、探そ!それが私の人生の課題。
自分って馬鹿じゃないのか?と、いつも思う。でも無意識の領域、仕方がない。



私、子供の尻尾が取れつつあるのかもしれません(笑)恥ずかしい事です。でも、少しずつ進歩している!!死ぬまでに、この人生のパズルがカチッとハマる時が来れば良い!



ゆっくりゆっくりだ。




椿…。
椿を見ると、思い出す…。
あの時、私は、その折ってきた椿を、裏庭の端っこの誰からも見えないところの土に一本一本並べて挿した。

自分だけの小さな密かな甘い世界がそこにあるようだった。


~虐待は、犯罪です。私は、言い続けます。



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[2020/02/26 21:59] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(2)
極限の嫉妬
母の薬を取りに行ってくれと父に頼まれて、土曜だったので、主人と、ドライブがてら母の病院へ行った。泌尿器科だ。





先生に言われたのは、
「お母様の病気は、心気症です。抗うつ剤と安定剤、入眠剤を処方しております。」


「…、ああ、多分、娘さんが椎間板ヘルニアや癌の闘病の際に、まわりの皆が心配して大事にしてくれていたのを見て羨ましかったのでしょうね。あるんですよ、寂しさや喪失感を持つ人は、看病される事を羨ましいと思うことが。」






「周りに大事にされるならば病気になりたいと思う心の病です。」






「MRIも、血液検査もした。CTも撮った。どれだけ検査をして、異常なしと診断しても、そんなはずはないと言い張ります。病気を探しているのです。ここに来る前にもたくさんの病気を転々としていらっしゃいます。仰るのは前の病院の悪口ばかりです。」





その病気は、壮年期から発症することは稀だそうだ。若い頃からずっと…。私が幼い頃から…。





娘に嫉妬…。癌に嫉妬…。





そんなに私が羨ましいのか。




そこまでか…。




そこまでの嫉妬がこの世にあるのか…。




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[2020/01/12 10:26] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(4)
母からの電話
一週間前、母から電話があった。


父が一日中ウトウトしており、歩くのもやっととのこと、施設に入りたい、父に介護認定を受けて、行政のサポートをして欲しいと。


「お母さん、施設ってどんなところが良いの?」

『なんでもいいのよ。あなたの良いと思ったところで。どこだっていいわ。とにかくお父さんが一日中ウトウトしているの見ていると、気が滅入ってしようがないのよ。もう早いとこ、探してくれないかしら…。』

でも、その施設は、都会が良いのか、自然の中が良いのか、こじんまりした家族的な場所が良いのか、ホテルのようにドライな感じのところが良いのか、そんな事も、聞いたが、どうでも良いという…。資産によっても変わってくるだろう…。検索すると介護を必要としないところでも、色々あるという。






電話を切ってから、考えた。
これは、私が探すのか…?
ライフスタイルに合ったところが良いのは絶対。勝手に探して入れた後に、こんなはずではなかったと、文句が出るのは、明々白々…。母は、こういうところに適応できる人ではない。





で、一週間経って、様子を聞こうと、久しぶりに実家に電話をしてみた。

『はい、〇〇です。』
いつものしっかりとした元気そうな父の声。


え????


『お父さん、元気なの?』

『え?何が?ああ、寒いと、昔、スキーでやった膝が少し痛いけど、ま、相変わらずギターも行ってるし、ゴルフも行ってるよ。あの、〇〇、えんどう豆のタネ植えたか?そろそろだな…。』
へ?????

『…』
『体調とか、変わりない?』
『いや、別に…。なんで??』




嘘だったんだ…。
いつもの嘘…。

いや昔から、こういう人だったが…。

頼みの綱の弟は飛行機で行かないといけない距離の場所に転勤になってしまった。私は、こんな連絡を取るだけでも、昔のトラウマが口から出てきそう。
久しぶりに、薬を飲んで横になる。




私、助けなければいけないのだろうか?


~~~~~~~~~~~~


私は、実は日本が生きづらい。息がつまる。言葉が多少不自由な外国の方がリラックスできる。あんなに嫌々行ったボストンであったが、三年の暮らしは私にある勉強をさせてくれた。~人生の試練に無駄はないのですね😭💦

あのアメリカの気を使わなくっていい感じ。人に対してストレートな物言いをする英語圏の文化。。。慣れてしまえば、気が楽。
息子にも言われる、BBA海外での写真、すごくいい顔しているね。

私は、実は日本語でのコミュニケーションが嫌なのだ。細かい配慮。言外に匂わすニュアンス。外国だと、それがわからないので、神経質にならずに済む。




例えば、レストランで、お会計が終わって、
『ご馳走さま、美味しかったわ。』
と、日本語でいう時に心の隅によぎる少しの緊張感。なぜかわからない。相手の反応が怖いのだ。
でも、英語だと、そんな変な緊張感が全くない。
自分の育った言葉、日本語には、裏があるのではと、常に恐怖が伴う。



『なによ、憎ったらしい。大っ嫌い!!』という母の怒鳴り声が今でも心から消えない。家にいても、常に臨戦態勢。母の一挙手一投足にピルピリしながら反応して、怒鳴られないように必死にやってきた。



『あなたのこと、大嫌い』と言われるのと、
『l don’t like you 』と言われるのでは、(言われたことありませんが)心に響くイタさが全然違う(笑)
そりゃそうだ。mother tongue、母国語…。母の舌…。幼い頃に聞いたことば。

あなたの母国語は何?って聞かれた時にふと思い出したわけのわからない冷んやりした苦い思い。「日本のことば」これが恐ろしいというどうにもできない気持ち。

おかしいですよね。それはもうないってわかっています。知っています。でも、振り切れない。これが、トラウマというモノです。



信頼、安心という感情を母の使っていた「日本語」からは感じない。





あんな酷い下痢やシツコイ客引きなどにあい、何をするにもめんどくさい交渉が必要で、色々不衛生なインドから帰国した時に、思ったのは、『ああ、今日から、私、またしっかりしなきゃ…』だった…。たしかに、トイレにドアがあるのはホッとしたが…。

日本語でないと、喋るのが精一杯で、変なトラウマが湧いてくる隙がない。





そして、外国では、私の変な英語だと、皆が面白がって笑顔になる(笑)ダダが言うには、「変な日本語の外国人」がタレントとして人気が出るのと同じです。片言の英語が、面白いらしい。日本語のあまり上手くない韓国のタレントなど、なんとなく、可愛らしく感じるのと同じです。きっと。





毎日毎日、罵倒された日々…。




誤解を恐れずに言えば…、
昨今の虐待の報道で、せめて命だけでも助けてあげる事ができなかったのでしょうか?と、いう意見を聞くが、私は、そうは思わない。
あれだけのことをされたら、被害者の心はもうめちゃくちゃに壊れている。命が助かっても、心の傷は癒えないのです。一生。一生苦しい生活をして生きるのです。親にあんなことをされて、これから誰を信じて生きろっていうのでしょうか?

どうしても抜けない居心地の悪さ。自分がしあわせになったら批判されるという感覚。

私は、その辛さを考えると、被害児童が生きていたら、しあわせになれるのに…と、軽々しく思えません。そしてその兄弟も同じ恐怖の中で生きるのです。そういうケアはできているのでしょうか…。




ああ、毒母、私の世界から、私の家庭から、消えてくれないかなぁ。(笑)




今、私は、あなたから受けた恐怖を、コントロールする術もやっと身につける事が出来るようになった。こうして毎日毎日このブログに青い鳥を探して書くことによって、自分のしあわせをひとつひとつ味わうことが出来るようになった。


私の今のしあわせは、私がコツコツと積み上げてきた宝物のようなものなのです。


土足で、ここへ、入ってこないでくれ…。





私の家族は、ダダと息子、そしてハイジさんです。
そこには、あなた、入ってないですから🤣👍


これ、私に面倒をみる義務があるのでしょうか…。どこへ相談すれば良いのかしら…。



ちなみに母が持病の泌尿器科で出されている薬を聞いて調べたら、抗うつ剤、精神安定剤、睡眠導入剤だった。どこが、泌尿器科だよ、って思った(笑)

誰も相談する人がいない、誰も助けてくれない…と言っていた。当たり前でございますとも…。
人生の集大成とはよく言ったもので、自分の行いは消えてなくならない。きっちり利息をつけて返ってきます。







しっかり生きることのできない人は、しっかり死ぬこともできないんだと思った。ここにきっと私の学びがあるのだろう。



~虐待は、犯罪です。





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[2019/11/19 09:52] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(4)
子鹿とわたし
暑い日の午後。寺の境内には鹿がいた。


観光客用の餌を買って、私が歩き出すと、どんどん鹿たちは寄って来る。
グイグイ来る。



面白がってあげていたら、
出遅れた身体の小さな鹿が、視界に入った。
ふと顔を見ると、その鹿は片目が潰れていた。







強い雄鹿の角が刺さってしまったのか…。
まだ幼い姿の鹿。

喧嘩などではなく偶然の不運だろう。
不具の鹿。

他の観光客も、一瞬目を背ける。






私は、その子に、人参をあげようと、差し出すが、
角度によっては、餌が見えないのか、
ほかの鹿が横から食べてしまう。



「ね、そんなところにいないで、こっちにおいでよ。」小さな声でつぶやく。幼い頃の自分に話しかける様に。

私の手にある人参。欲しそうにはしているが、他の大きな鹿の角が怖いのか…。
前には出てこない。

痛かったのだろう…。この傷。








その子が横を向く。まるで、私に見せているかのように。
痛々しい潰れた目の傷はまだ完治してはいない。

首を撫でてやる。私は、しばらくこの子の首を撫でた。
少しすると、この子鹿はまたゆっくりと輪の中から離れて行ってしまった。
遠くで、くーんと、小さく鳴いた。それに呼応して他の子鹿も鳴く。
みんないるよ。お友達も一緒だよ。






「大丈夫。そおっとしておいてあげよう。お腹が空けばまた来るさ。
この子はこの子なりに、きっと生きる術を学んでいくさ…。」

私の隣にいた子供連れの優しい若いお父さんが、子供にそう言った。





「この子は、さいわいにして、鏡を見て悲しむことはない。」
私は、そう、思い直してみたりする。この子はきっと、「なんか少し不便になったな」って思うくらいだ。

だって、まだもうひとつ目があるんだもの✨








遠くのベンチに座って私を笑顔で見ているダダの姿を目で探した。
目が合う。
鼻の奥がツンとした。

私は、ふとした瞬間に思い出す。
自分のこの心の中にも、この不具の鹿が住んでいると。

~ 虐待は、犯罪です。



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[2019/09/18 09:20] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
妬むひと
妬む、という感情。
なぜ、ひとはひとを妬むのか…。




私は、幼い頃から、母に妬まれて生きてきた。
小さな頃には、「いいわね、パパにかわいがられて」
中学になると「いい気になるんじゃないよ」
大学に入る頃には「若いからいいわねー。憎ったらしい。」
社会人になり、楽しみにしていたイベントが中止になると「ザマアミロ」
結婚しても、子供が生まれても、ずっと。




自分だって、あんたみたいに生きたかった、と言われても…。
生きたらいいじゃない。



嫉妬されるというのは本当に苦しい。母に妬まれる。
母は、私が若いという事に、父に愛されるという事に一番嫉妬していた。


「いいわね、大学。いいわね、ピアノ。いいわね…。」
行けばいいじゃん。これからでも、大学。と思った。
お金だってある。時間だってある。そういう人もたくさんいるでしょう。
ピアノ、家にあるでしょう。やったらいいじゃん。
結局、何もしないのだ。



母は、毎日たっぷりの時間を持て余し、いまだに父の帰りを待っていた。泣きながら。
「お父さん、今日も、遅いの」
寂しい…と、恨みがましく言われても…。



知らねえし。



そんなに寂しかったら、ほかにだれかステキなボーイフレンドでも作ったら?娘に当たるより、よっぽどいいと思う(笑)娘の心を壊してしまうほど嫉妬をするよりもよほど良いでしょう。そのくらいの根性で、生きろよ。こっちはものすごい迷惑だわ(笑)



人との線引きが出来ていないひとは嫉妬をする。



ひとは、皆、それぞれ違うんです。それが、理解できないひとが嫉妬をするのですよね、多分。
みんな一緒か、自分が少し上が心地よい。三十路の母が幼女を妬む。四十路の母が、ハタチの娘を羨ましがる。七十の母が、五十の娘を…嫉妬。噴飯モノだ。






先日、母からの電話にうっかり出てしまった。近況を聞かれて、
息子が、バンドで、ライブハウスに出演しているという話をうっかりしたら、
「私は、なんでも中途半端だった。いいわね、あの子、ピアノだってフルートだって、すごく上手くなったじゃない。いい気なもんね。私は、あんたたちのために、生きてきたっていうのに…。自分にはなんにもないわ。たまには顔を見せたら?お父さん?あ、役所のアドバイザーになっちゃって、いないわ。いつもいない。ずっと役所で、生き生き仕事してるわよ。」




はァ…。
だから、何も話したくない。
何を言っても、嫉妬の対象。






あなたの狭い世界では、私がすごく良く見えるかもしれないけれど、世の中にはもっともっと上がごっちゃりいるのよ。私なんかに嫉妬するのは、あなたが何も知らないからよ。





いまだに、そうなんだ。嫉妬。嫉妬をするひとは、嫉妬されるひとの気持ちを考えたことがあるのだろうか。どんなに寂しいものか。

別に一緒に喜んでくれとは言わない(笑)でも、「なによ、生意気な!」と言われるひとの気持ちを考えたことがあるのだろうか?しかも母親の立場で。娘に甘えるのもいい加減にしてほしい。



こういう事を聞くと、私って、生きているだけで、嫌なんだなァ、と、思ったりする。息をするのも、遠慮しているような気持ちで生きてきた。

母には、なんにも、言うのやめよう。妬まれるというのは、とても苦しい。
自分に良いことがあったらいけないかの様に感じる。
いつしか、自分のしあわせを喜べない自分が出来上がった。きっと、母(そこから派生してみんな)は、嫌な気持ちになるんだろうなぁ…。
だから、全部黙っている。
妬むひとの苦しさ…。それをそのままぶつけられる苦しさ。
しかも母からの妬み。





でも、ここに、日記をつけていくことによって、私は、愉しかった事、嬉しかった事、を、自分に許してあげる事ができる様な気がするのです。
私の、心が、最近ゆったり生きられる様になってきたのも、自分のしあわせを、書きながら、咀嚼しているからなのです。
お花が咲いた!野菜がとれた!昔の旅の思い出!着物を着てお出かけした!ピアノの練習!小さなしあわせを見つけて地味に生きているんです。

しあわせでもいいんだよって、自分に言い聞かせているのです。

私は、名前を変えて、そうして、自分のしあわせを、ここに書いて味わうことが出来て、自分の心の中の固い氷が溶けていくような感覚がある。ここは、私のカウンセリングルームなんです。



偶然に、私のインスタを見た母、「なによ、あの花!自慢?」
あの花は、私自身。私の心そのもの…。

これは、辛すぎ。
すみません。なので、インスタやめました。自分は、自分の記録を火事になっても地震があっても残るネット上に残しているだけのつもりが…。お花のアレンジと着物の覚書きなんですが…。









私は、母の知らない世界でしあわせになればいいのです😃✨そうして、ネットでも、気の合う友が出来ました。すごく素敵で大切なひと。文通のようで、愉しいです。

虐待というのは、そういうものです。一生苦しむ。でも、私は、その覚悟で生きています。これは私の一生の課題。いいのです、それで。


こんな電話一本で、また、「あなたがしあわせになったら、みんなが嫌な気持ちになる」という呪いの様なものが、心に湧いてくる。



でも、こんなに怒れるなんて、私って、変わったなぁ!すごいなぁ!進歩してるな!
言いたいことはそこ。



そして、私ば、虐待されていても、学校や外では、友人もおり、言いたいこと言えて、好きな事を思い切りできたので、死なずに済んでいます(笑)外の世界を持てたので。虐待されていても外の世界を持てると違いますよ。毒親から、逃げるのです。


みんな!逃げて!!


でも、母に関わると、
私は、しあわせになったらいけないような気がする。
今でも…たまにね✨



~お目こぼしください。今、子供を虐待している人、それは、ね、犯罪です。











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[2019/04/10 10:50] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
虐待の報道に
繰り返す虐待の報道に胸が痛む。

虐待をしている人へ。あなたのしている事は犯罪です。子供の心を壊してしまうのです。可愛くないならば、養子に出してください。もっと柔軟に考えましょう。子供が嫌いな親がいるという事に、世の中はもっと寛容になってください。子供が嫌いだと、言い出しにくいから、対策が、とれないのです。

我が子に暴力を振るいたい、いじめたいと思うあなたは、治療が必要なのです。誰かに助けを求めてください。すぐにです。

私は、これを、虐待がなくなるまで、ずっと言い続けていくつもりです✨👍

少しでも、伝えたいのです。





数年前のお正月。
うっかり、着物を着て実家に寄ったら、
『あんた、着物、似合ってて憎らしい』『悔しい』
と、面と向かって言われた。

今更ながら、私と競うような母の気持ちにウンザリした。
私はずっとこういう家庭で育った。

『あなたね、かわいいだのなんだのって褒められても、馬鹿みたいに、いい気になるんじゃなよ。お世辞なんだからね。イヤダイヤダ、女って憎ったらしいねーーー。あなた、大っ嫌い。あーー、やだやだ。』

幼い頃から、常に、こう言われて生きてきた。ずっと。
「言う」と書いたが、「叫ぶ」が正しい。

母は、私のしあわせを見て「悔しい」といつも言っていた。
今思うと、母は精神病。
私は、長く苦しみました。



私は、今、温かい家族や、友人たちに恵まれ、今はとても穏やかで、楽しい生活を送っています。
それは、本当に多くの方々の助けがあっての事です。感謝しかありません。
私がこうして立ち直れたのは、ラッキーだったのだと思います。
あそこから這い上がっていくのは実はとても難しい事です。

被虐待児は、今だけが辛いのではありません。心を壊してしまったら、その子はずっと苦しみの中で生きるのです。あなたは、その責任が取れますか?

子供はね、愛情たっぷりで育てましょう。


こんな小さなブログですが、それでも、虐待がなくなるまで、私は、言い続けていくつもりです✨👍

私は、誰かの役に、立ちたいのです。



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[2019/01/31 23:01] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
何故だろう、淋しくない
私は、この夏に、名前を変えた。
それまでの人生を捨てた。






このブログで出会った方に初夏にカウンセリングを受けました。
二回。
何故だろう。
それから、淋しくない。
その方のたった一言で、私は、救われました。

先生は、こう仰った。
『向いている方向を変えましょ。それだけです。』
なんでもないひと言。
この言葉を何度も帰りのクルマの中で反芻していました。





そして、フッと、名前、変えよ!っと思った。

名前を変えたら、どうなるのか、なんて考えなかった。
ただ、変えようと、思ったから、そうした。



そして、はっきり言おう!
今、とても、しあわせ。
パッと明るく高揚した気持ちではなく、
今までにない静かなしあわせ。
そうなんです。




dolce   ~ドルチェ。イタリアの言葉。小さなお菓子。かわいいもの。音楽用語。甘く柔らかに。可愛らしく。かわいい小さなものを大切に思って生きていこうという気持ちで、つけたブログ名です。

ピアノを弾いていて出てくるdolceの指示。カンタービレでもなく、エクスプレシーボでもなく、アパッショネートでもなく、もちろんアジタートではなく、dolceで。人生、dolceでいこうと、思いました。

自分だけの、ただの日記です。読者を想定して書いてはいません。あとで自分で読み返して、ああこんな事考えてたんだなと、思えるように書いている、自分の記録なんです。

でも、ここから、とても大きなものがいっぱい入ってきました。温かい言葉をかけてくださる方もいらっしゃいます。





先生は、仔犬の頃のハイジさんを見たくて、私のブログをのぞいてくださいました。
そしてその仔犬の頃のハイジさんのお写真は、仲良くさせていただいている方からのリクエストでのせたものでした。

私は、この半年、静かに溢れるような温かい気持ちでいます。
機が熟した…。そうなのかもしれません。

感謝を表す言葉が見つからないです。
ありがとうございます
心から…❄️




愛ある家庭、隠し撮り…🤣🖐



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[2018/12/10 14:36] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
良い所貯金
「悪い時には、どこが悪いか、考えこんではいけません。
自分のアラ探しをしてしまうんです。
逆に、良い時に、どこが良いのか、しっかり見つけておくのです。
そうして、自分の良い所を貯金するんです。
で、悪い時にその貯金箱を開いてみましょう。」






野球の解説者が言っていた。

私、この話、いいなぁって、思った。



風邪で、寝込んでいます。
さ、これから、仕事仕事…。


マスクして…。

テキパキさんだよ。
(笑)



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[2018/10/22 17:26] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(2)
花になれ
七月十九日、記念の日です。



ずっと前からの望みです。
今回のあれこれで、これは、自分の人生を自分で作りなおさないと…と、思う様になりました。






新しい自分!思うだけで、ワクワクするのです。
考えるだけで、嬉しくて。
『あ、いいんだ、それで…。』と、ページがめくれる様に、背中を押されたのです。






今しかない✨と、決心したこと。





ずんずん、どんどん。お花いっぱいで。





私は、結婚して苗字が変わった時、言い知れぬ開放感があったことも思い出しました。またひとつ、カチリと心のパズルがはまる。




もう五十路、自分で切り拓いていっても良いと思うのです。遅いわね…。でも、どんどん思う様に自由に生きていこうと思ったのです。心的外傷は、治らないそうです。なので、何か思い出してたまに辛い時もあると思います。
でも、それも隠さず、正直に向き合って生きていこうと思います。少しずつ、しっかりと歩んでいきたいと思います。







もう、私は、違う自分なの✨
なんて開放感!!
お花いっぱい🌼







       ~~画像お借り致しました。




自分の覚書きです。私の記念日です。
胸いっぱいの感謝。








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[2018/07/21 22:56] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(6)
父と話す
父と電話で、話した。


父が生きている間に何回会えるか考えたら、言っておきたいことがあった。



小さな頃、犬が死んだ時、ひよこが死んだ時、なぐさめてくれてありがとう。
癌の時助けてくれてありがとう。
そして、幼い頃、よくお散歩に連れて行ってくれて、
野のお花を摘んでくれて、上手に茎を使って束ねてくれてブーケを作ってくれて、ありがとう。
肩に毛糸で編んだお花がいっぱいついたセーター、とても高かったのに買ってくれてありがとう。
襟にきれいな刺繍のしてある可愛らしいブラウスを買ってくれてありがとう。
小さな頃、縁側でよく足の爪をきれいに切ってヤスリで整えてくれてありがとう。
猫を飼ってくれてありがとう。
ピアノを習わせてくれありがとう。
音楽や芸術を教えてくれてありがとう。
長嶋茂雄に会わせてくれてありがとう。
無尽蔵にレコードを買ってくれてありがとう。
行ってみたいとワガママ言ったら子供なのに接待で使う料亭に連れて行ってくれてありがとう。
~~場違いと、わかりました。
膨大な文学全集や部屋に入りきれないほどの本を買ってくれてありがとう。
そして、思春期の頃、私の写真を撮ろうとしていたのに恥ずかしくて、ふてくされてごめんなさい。
高校たまにサボってごめんなさい。
ピアノがうまくならなくて音大に入れなくてごめんなさい。
父が気に入って連れて来たひとに会わなくてごめんなさい。
それから何日も口をきかなくてごめんなさい。
せっかくおじいちゃんが持って来てくれた野菜がまずいと言ってごめんなさい。
おじいちゃんに時代劇見せてあげなくてごめんなさい。
ワガママ言ってもうお父さんとはスキーに行かないと、言ってごめんなさい。
オーストラリアへ行った時…ごめんなさい。
父と同じ高校に入れて嬉しかったのに、恥ずかしくて高校の野球の応援に一緒に行かなくてごめんなさい。



だんだん泣き声になる。



~~これは、言わなかったけれど…、
お父さん…。仕事忙しくて大変だったんだと思うけれど、もっと、家にいて欲しかった。
家にいて母と私のことをよく見ていて欲しかった。
助けて欲しかった。父はきっと、何も知らなかったでしょう。
でも、もう、終わったこと。高齢の父の気持ちを傷つけたくなかったので、黙っていた。~~





いっぱい可愛がってくれてありがとうと言ったら
父は、大きな声ではっきり何度もこう言った。
「今でも、その気持ちは、変わらないよ。」

心に蘇ったのは、遠い昔につないだ温かい手の感触だった。





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[2017/05/18 08:06] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
でんでんむしのかなしみ 
でんでんむしのかなしみ 新美南吉作



美智子さまも愛読されたという、絵本。



あるでんでん虫が、自分の殻のなかに哀しみがいっぱい詰まっている、と、気がついた。この哀しみを、どうしよう…。
お友達のでんでん虫に聞いて回る。
すると、みな、「私の殻のなかにもね、哀しみがいっぱい詰まっております。」と言うではないか…。
誰に聞いても、みなそうだった。



そうして、そのでんでん虫は気がついた。
この哀しみは、自分が引き受けなければいけない哀しみなんだ。みな同じなんだ…、と。
そうして、このでんでん虫は、もう嘆くことをやめたという。





美智子さまは、このお話に、心動かされたという。

このお話の絵本を取り寄せて読んでみた。
でも、嘆くのはいけなくない。我慢したらいけない。
たまには嘆く。



私は、それを学んだ。我慢すると、身体を壊す。
ヒトはそんなに強くない。
泣いたり、愚痴を言ったり、話を聞いてもらったり、
助けてもらったり、教えてもらったり。
それで良いのですね。


私は、息子と同じ歳の男の子を7歳で交通事故で亡くした
中学の親友から、この本を教わりました。

手紙に、信号は青だった、と、何度も書いてあって、
悲しかった。


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[2017/03/17 19:29] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
お父さん…
畑の周りをハイジとゆっくりお散歩

老夫婦が、にこやかに話しかけてくる。
「私なんてもう六十後半よ、主人はもう七十四…。
ねえ、お父さん。」
「あぁ…😊」



その、「あぁ」が、父にそっくりだった。
ずっと逢っていない父。
息子に、お年玉をあげる時、
唯一、頑張れと言わなかった父。
その、優しさ…。



そのご主人が、なかなか歩かないハイジに一言。
「ゆっくり行きゃあいいよ。あったかいから。」



優しさに心がぐらりと動いた。~~弱ってる、私(笑)


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[2017/02/21 15:15] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(2)
PDSD
母は、父とうまくいっていなかった
いつも不機嫌だった両親

私が生まれたが
子育てなどできるはずはない

子供は嫌いだから
っというか、母は自分のことで精一杯だから





「この子が生まれた時、お父さんはがっかりしてね、やけ酒を
飲みに行っちゃった。欲しかったのは、男の子だったから」
と、言い回って、父方の親戚に一喝される


「もう、子供は、大変、嫌だ嫌だ」

「女の子は本当にきらい」

「ちっともかわいくない」

毎日怒鳴っていた
覚えているのは
夕方、鬼のような顔でミシンを踏む母
何をそんなに怒っていたのか
わからないけれど

怒るというのは
子供じみた感情
いい大人がすねて甘えて
イライラして…

不条理なことがあるならば
自分で解決していくべき。
できない事ならば
そのまま飲み込む。受け入れるべき。
怒れば誰かが解決してくれると
思っていたのか
母は、そういう人だった





弱そうな長女を自分の心のはけ口になる子供に育てた
いくらいじめても我慢する子供に育てた
イライラすると当たり散らすのは当たり前

意味もなくよく私に対する無視がはじまる
急に機嫌が悪くなり
何日か話さない
理由はない

そういう家庭を機能不全家庭というそうだ

家の精神的な不安定は私によって支えられていた
わずか3歳、4歳からそういう役割の
子供だった

わたしは今でも
自分の感情がわからない事がある
悲しいのか
怒っているのか
わからない
ただ、不安なのだ

常に不安

どこかが痛い時もわからない時がある
封印できるのだ
そうやって生きてきた
自分の感情を出さない~感じないようにする

虐待でも多重人格の人などは
これのもっと大変なのなのではないかと思う
わたしはそこまでいかずに済んだと思っている






母の事はきらいだな…

「私はね、死ぬまで運転しようと思ってるのよ」

「誰にも頼らずしっかり生きようと思うの」

噴飯物である。誰だってそうしたい。
でも、できないから苦労しているというのに…

年をとった両親に嫌悪感が募る





何も考えていないし、
本も読んでいない。
肝心な事の意見を求めると

「わかんない」

意見は言わないが
自分が希望した通りにひとが動かないと
非常に落胆する

要するに察して欲しいと。

父とは今も上手くいっていない

父はひどい癇癪持ちである
なまじっか地位のあるサラリーマンだったからか
家でも、訳のわからないことで
威張り散らす
その不機嫌に対応するために
私の悪口を言って二人で共通の敵を作って
おさめている
そう、今でも。




つまらなくなると私に用事もないのに
電話をかけてくる

が、父がそばに来る音がすると

「悪いけど、忙しいの!もう、わかったから、切るから。
そういう事だから…!!」
と、慌てた様子で電話を切る

みんなで仲良くはできない
誰か犠牲にするのが好き






何年か前から野良猫に餌をやって楽しんでいるが
可愛がるのは一匹だけ

他は、ほうきで追い払う

「憎らしいったらありゃしない!」
あの、懐かしい口調

でも、その一匹も恐ろしい形相で追い払う母を見て
なつかないのだ

この人は温かい人ではないと
わかるから
動物はよくわかる





最近は
お正月の私の着物を見て
着物が着たいと言い出した

相談に乗ってよと言いながら
「あの子の良いように、どんどん買わされちゃって…しつこいから!」
と、父に言っている

そういうことはもう通用しない

着物は一枚見立ててやったが
あとは、知らない
「あれがない、これがない」
と言うが、

陰では悪口大会である

着物くらい自分で着れるだろう
昭和の女である



そういうひとは
着物を着ても
楽しくはない
楽しみを持っていないから

いや、多分着ないだろう
買うだけで良いのだ

帯締めを見立てて欲しいと言われたが
あれこれ色や長さを相談しようとすると

「あぁ、もう、なんでも良いから買って送って!」



で、そうは言っても自分の思ったようなものが手に入らないと
機嫌を損ねるのだ
わかっている

なんでもいい人は着ないほうが良いのだ
面倒なややこしいひと

他人ならばほっておけるけれど
親子と言うのは
厄介なものだ

共有する人生があるのだ







人生は上手くできている
私の看病で母は病を得た

私の抗がん剤治療の付き添いに来て
へなへなと貧血を起こして看護師さんに
面倒をかけてしまったこともあった
みんなどの家族も気丈に振舞っているのに
芝居染みたその倒れ方に、残念な心ばえに
私は心底疲れてしまった

三時間もかかる抗がん剤の点滴のあとに
わたしは看護師さんへ
お礼を言いに行ったり
帰りの心配やら何やらで
とても疲れた
子供じゃあるまいし…

付き添いの家族はどの人もしっかり患者を支えている
みんなここでは一緒なのに。
自分だけが辛いのではないというのに。
もっと大変な人もいるのに。

「ちょっと…。ベッドをお借りできますか?」
と、あのガン患者で溢れる大きな有名病院で
言った彼女の頭の中身は
自分の事だけなのだ…。

彼女の精神的な支えの私
不愉快やいらいらのはけ口の私という
何をしてもいい便利な杖を失う恐怖で
ストレス性の糖尿病とうつ病を発症してもしまった

憎らしくて仕方がない長女
世話をするのもいやで仕方がなかった子

でも人生の宿題を六十過ぎてしなくてはならない


「娘のガンの看病」
宿題は、たまった分、大きくなっていた…。






私はこう思った
やらなければいけないことをしなかったので
今、やらされているのだ

母は泣きながら私の看病、太郎の食事の準備
洗濯、買い物を
させられていた

でも、私は母がいると緊張して
疲れてしまう
自分らしくいられないのだ
母の機嫌を取らなければいけないという
心の癖は一生消えない

彼女はただ、家事をするだけだった

私の心のケアをしようなんて
さらさら思っていないし、できないのだ
朝来ると
「どう?」
と、ひとこと言ってすぐキッチンへ行く

お茶を入れても黙って飲む
砂を噛むような食事
ホイホイと場を和ませる役目のひとは
今やガン患者だ(笑)
いたたまれなかった

両親は私にとって恐怖でしかない




そうそう、
太郎が産まれて実家へ帰った時
「私、こんなの育てられないって、あの子言ってる」
「そんなこと言ったて、自分で育てなきゃいけないだろう」
「嫌だって、言ってる」

と、言ってもいない事を父に吹き込んで
ひそひそ声で話をしているのを
私はドアの陰から聞いた
あぁ、こうやってトラブルを作る人だったなっと
思い出した

そして、その言葉は、自分が私を産んだ時の気持ちなのだと
私は確かに思った




私は、病院で薬をもらう時がある
更年期の不調ともう一つ
病名はPDSD
心的外傷
そう、幼い頃の記憶


こんな風に育った私は
人とどのように関わったら良いのか
わからなかった。ずっとひとが怖かった

「ヒト」と言うのは私にとっては
機嫌を損ねないように
必死に取り繕う必要のあるものであり、
決して私を大事にしてくれるなんてそんな事は
ゆめゆめ
思ってはならぬ存在

全てが母のせいとは言えないかもしれない
私の心の弱さもあるだろう

どんな生い立ちでも元気にたくましく生きる人もいる
わたしは弱いのだろう

我慢だけがわたしを守る手段だった

ものすごく我慢していた。
でも自分では全く気がつかなかった
それどころか
あなたはわがまま放題で本当に自分勝手だと
言われていた自分像に絡め取られて
自分がとても悪い人間のように思っていた
こんな贅沢させてもらってあんたくらいしあわせな子はいない
と、言われて来て
そうなんだと…、しあわせなんだと思い込んでいた

そうしているうちに、わたしは感情がわからないように
なってきた
そうやってやり過ごしていくのが
幼い心を守る方法らしい

もう、わたしの心はヒビだらけの
ポンコツである

だから、毎日
青い鳥を探す
この家の中には青い鳥がいるから。

ダダと太郎とハイジのいるこの家の中に
不機嫌はない

ここに毎日探したしあわせを
書いて数える
それは心のためにも良いと思って
毎日、自分のために書く

今日は薬を取りに行った
ハイジの事が心配で心が痛いのだ
わたしはそんな自分を
もう、今は大事にしようと思っている
自分で自分を粗末にして来て
一番後回しにして
我慢我慢の長い日々だった

今は、自分を大事に。





ダダ、ありがとう
青い鳥を
ありがとう















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[2015/10/22 22:50] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
押し飛ばした姉
夏の夜に…

幼い兄弟
歯を磨いてる
母が何かを言った

姉は突然に弟を
思い切り押し飛ばした

母は姉を厳しく叱った
何故そんなことしたのかと
問い詰めた
激しい怒鳴り声
憎たらしい子よ
思いやりもない
自分勝手な子よ

弟は泣いていた

姉は黙って震えていた
肌が泡立つくらい恐ろしい
できごと

以前に姉がしたささいな事で
母は姉を激しく叱った
外へ出されて鍵をかけて
どこかへ行きなっと
髪を振り乱して
叫んでいた

姉が押し飛ばした時
弟は姉が以前した事と
同じ事をした


姉がしたときには
母は激昂し
弟がしたときには

母は
幼い弟を
あらあら、かわいらしい
しょうがないねっと
目を細めていた


姉は弟を押し飛ばした
母に怒れない何も言えない姉は
弱い弟を押し飛ばした


姉は黙って震えていた
母は弟を立たせ
さすってやっていた







殺されるかと思うほど
怒られた

母は事あるごとに
その話を持ち出して
姉が如何に良くない性癖を持った子であるかを
言って回った
小憎らしいと
さも不愉快そうに話す横顔
鬼と思った


もう半世紀も前のこと
もうムカシムカシのお話



私は今、青い鳥をさがす
ここにいる鳥を数える

不機嫌なひと
苛々しているひと

とても怖い
この歳になっても


私はひとりがいい


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[2015/02/20 22:15] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
切ったとこを…
切った指を触るのはやめよう

ほっておこう

触ると治りが遅くなる



ほうっておこう

絆創膏を貼って見ない様に

しておこう

いつの間にか

治っているから


こんなの平気

痛くはない




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[2014/12/17 08:59] | Orange・ribonn | トラックバック(0) | コメント(0)
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